臨死体験
投稿者:とくのしん (65)
“あぁ、バレずに済んだ”
そう安堵したものの、気配は足元にぴたりと止まりまるで動こうとしない。寝たふりがバレたか?と不安に駆られ薄目を開けて気配の正体を確認しようとした瞬間、私は金縛りに襲われた。
身体を両端からぎゅっと押しつぶされるような強い力で身動きが取れず「ブオン・・・ブオン・・・」と機械音のような音が頭の中で鳴り響く。声一つ出せない恐怖に、私は心のなかで適当なお経をあげ、誰かに救いを求めていると・・・
「お~い、いるか?」
友人の声が聞こえた。その声が聞こえたと同時に、金縛りがふわっと解けた。私は急いで玄関に向かい、ドアを勢いよく開けた。そこにはへべれけ状態の友人が立っていた。
「こんな時間にわりぃ。借りてたゲームを返しに来た~」
部屋を整理していたところ、大分前に借りていたゲームを見つけたので、また忘れる前に返そうとわざわざ電車に乗ってやってきたそうだ。真っすぐ私の家に向かおうと思いきや、駅前のガールズバーで軽く一杯やるつもりがつい時間を忘れたとか。何ともバカらしい話ではあるが、その友人のおかげで私は金縛りの恐怖から助かった。
それからというもの、ほぼ毎日金縛りに襲われた。それも昼夜問わず・・・だ。来る日も来る日も金縛りに襲われるようになると、かかる瞬間がわかるようになっていく。一体どうしてこんなにかかるものかと思っていると、今度は原因不明の眩暈に苦しむことになった。ある晩、布団の上に横になったところ前の前がグルグルと回り出した。スイカ割でバットを支柱にしてぐるぐる回った経験をしたという方は少なくないと思う。あの目が回った状態がずっと続くのだ。最初こそ一晩立てば治ると思ったが、それは数日続いた。症状が重くなったり軽くなったりすることはあったものの、基本的にずっと目が回る状態が続くのだ。さすがに脳の病気かと思い、大きな病院で精密検査を受けたものの原因不明と診断された。
かくしてこのような怪奇現象に襲われること数か月、この話をすると決まってこう言われるようになった。
「もしかすると、家から追い出そうとしてるのでは?」
確かに、考えてみるとそうかもしれない。再三の嫌がらせともいえる怪奇現象は、私を追い出そうとしたとも考えられる。だが、ここに留まったのには理由がある。親からもそんな危ない家に住むなと再三言われたものの、一番の理由は引越が面倒だったこと。それにどこか意固地にもなっていたと思う。そのうち諦めるだろう、そう高を括って生活を続けた。そして、ついにあの体験に辿り着く。
これから話す実体験をもって、大きな怪奇現象は終わりを告げる。しかし今思い返しても、これが現実に起きたことなのか、それとも夢の出来事なのかは定かでない。それを踏まえて読み進めていただければ幸いである。
私が昼寝をしていたときのことだ。いつか見たあの坊主頭の男性が出てきた夢の続きを見ていた。私をじっと睨みつけるように凝視していた男性は、無言のまま家に入っていく。私はその様をただじっと見つめていた。そのとき男性が前回の夢で言った
「・・・〇〇日の金曜日にまた来るからな」
という言葉がふと思い浮かんだ。そんなことを言われる覚えもない。そもそもあの坊主頭に見え憶えすらないのだ。そんなことを思いながら歩いていくと、家のすぐ真横にいた。間近でみる家は、さらにみすぼらしかった。屋根の塗装は至る所が剥げ、玄関の引き戸は傾き、窓ガラスが割れている。こんな廃屋みたいなところにあの男は住んでいるのかと思ったら、妙に憐れに感じた。そうして家を通り過ぎようとしたとき、腕を誰かに捕まれた。振り返るとあの男が物凄い形相で私の腕を掴んでいたのだ。そのときの表情はこの世のものとは思えない程、憎しみと怒りに満ちた形相だったのをはっきりと覚えている。
そこで私は飛び起きた。得体の知れない恐怖に襲われ、私の心臓は前回同様に激しく鼓動を打っていた。呼吸も荒く、息を整えようと深呼吸をしたときに私はあることに気づく。それは本能的に察知したのだろうか。
“心臓が止まる”
今もって謎だが、なぜか唐突にそう理解した。私は大きく息を吸い込み、自分の胸を強く叩いた。何度も何度も何度も何度も強く叩いた。それも虚しく徐々に息苦しさを感じ始める。上手く呼吸ができない。細る呼吸と共に心臓の鼓動が小さく、弱々しくなっていくのを感じた。
“あぁ、もうダメだ。死ぬ”
トクン・・・トクン・・・・・・・・トクン。最後に小さく脈打った鼓動の感覚は今でも忘れない。
意識が戻ったとき、私は薄く霧がかった石階段の中腹に立っていた。人気の無い辺りを見回すと、上った先に寂れた温泉街が見え、下った先は階段が延々と続いていた。どちらに向かうか迷っていると、真横に脇道があることに気づいた。
脇道が気になり先を進むと、松林が延々と続く山道というか林道のような場所に出た。景色はセピア色で、色味は全くない。白黒写真のような風景の中を当てもなく歩いていく。どこに繋がるかも定かでない道をただただ真っすぐ進む。ふと右手の松林の木々の隙間から、大きな湖が見えることに気づいた。空は厚い雲に覆われているが、その雲の隙間からいくつもの光の柱が水面に立っている。そのあまりにも神々しく美しい光景に、私は目と心を奪われた。
“あの光景をすぐ近くで見なくてはならない”
そんな衝動に駆られ、私は足を早める。木々の隙間から見える光景を横目に進むと、分岐に差し掛かった。右手には湖方向へ道が続いている。また、分岐点には背丈以上あろうかという一枚板の立て看板があり、そこには
「芦屋湖はこちら」
赤い色の手書き文字でそう記されていた。周りがセピア色にも関わらず、その文字だけが真っ赤だったことを憶えている。
一つ補足しておくが、神奈川県の箱根には“芦ノ湖”という湖が存在する。ただ“芦屋湖”という湖は存在しない。また私は神奈川県民でもない。箱根とは縁遠く、今まで一度もその地を訪れたことがないことをご承知頂きたい。
話は戻りその分岐を曲がり、ひたすらに歩みを進めた。1分でも1秒でも早く、あの湖のほとりに辿り着きたい、その一心だった。しばらく歩いていくと、一軒の商店が見えた。
昭和ながらの駄菓子屋といった造りをした商店の左手に、先程の分岐点と同様の立て看板があった。
作者とくのしんです。
こちらのお話は少し設定を変えていますが、私の実体験に基づくものです。
お話には書いておりませんが、最初住んでいたアパートでも実は金縛りに逢いました(笑)
それ一回こっきりだったのですが、まぁ人生初めてでしたのでかなり怖かったです。急に目が覚めたと思ったら、目の前に黒い人影が立っていて、「ブオン・・・ブオン」という耳鳴りがだんだん大きくなっていったのを覚えています。
それとは別に幼少期に住んでいた家では、誰もいないのに名前呼ばれたり、水道が勝手に流れたりする家でした(笑)
そこも別に事故物件という話は聞いていないんですけどね。思い返すとかなり不気味な家だったのを記憶しています。
そういうところに当たりやすいんでしょうかね?
一応今住んでいるところではそういう類のものはいないと思います。
安くて古くて違和感ある所は、要注意ですね。
湖のくだりが好みです。
>安くて古くて違和感ある所は、要注意ですね。
全くです(笑)
>湖のくだりが好みです。
今でもはっきりと思い出せるくらい、空から湖へと続く光の柱が神々しかったのを覚えています。神々しいなんて表現普段ほとんど使いませんが、そんな表現でしか言い表せない程美しい光景でした。あの光景を間近で見なければいけないと思わされるくらいだったから、本当にあの世の境だったのかなぁとしみじみと思いますね。
とくのしん