馬引神社に纏わる悲しい話
投稿者:とくのしん (65)
近年、異常気象による豪雨被害が頻発している。ここ日本のみならず世界各地で引き起こされる洪水などの災害は、一般に地球温暖化によるものとされている。これら豪雨災害は、年々脅威を増すばかりである。そんな豪雨災害に纏わる、ある怖い話を紹介したい。
これは今から200年程前、年号がまだ文政だった江戸時代の話。現在の岡山県と広島県に跨る地域で、その昔は備州と呼ばれた地域で起こったと伝えられている。
ある年の夏、この地方を大きな台風が襲った。台風による大雨は3日3晩続き、この地方に多大な被害をもたらした。普段は穏やかに静かに流れる川が、大雨によりその表情を一変させた。濁流と化し村全体を飲み込まんとばかりに氾濫した。その結果、多くの集落が水に浸かったという。
現代でこそ河岸整備が進み多少の雨で溢れることはないが、整備が進む昭和中期まではよく溢れたそうだ。少しの長雨で川が溢れたと、この地域の民俗資料館に保管される書物に記載が残されている。山間に位置するこの小さな村は、元々大した産業もなく比較的貧しかった。この年に起きた災害で、村民の生活は非常困窮したそうだ。
この村に文吉という少年がいた。歳は13~14、貧しい農家の長男として生まれ、5人の弟と妹がいた。先述した水害で家は浸水し田畑も多少の被害を受けたが、文吉の集落は比較的被害は小さかった。雨があがり空に青空が戻った朝、文吉は両親と祖父とともに家の片付けなどに追われた。
作業に従事していると、同じ集落の少年3人が文吉のもとを訪れた。文吉より1つ年上の庄吉、その弟の正吉、文吉と同い年の勘太である。彼らは川の上流付近の馬引(うまひき)神社の社が流されたことを聞きつけ、その様子を見に行こうと文吉を誘いにきたのであった。
真面目で実直な文吉は、手伝いを理由に誘いを断った。手伝いが一段落したのち、合流することを伝えた文吉は、渋々とその場をあとにする3人を見送った。
午の刻、一時作業を中断し家族とともに昼食を取ることにした。母親が用意した冷や麦を啜りながら、身体を休めていた文吉のもとに勘太が血相を変えてやってきた。勘太の只事ではない様子に何があったか尋ねるが、狼狽するだけで言葉にならない。様子を聞きつけた文吉の父と祖父が勘太を落ち着かせ、話を何とか聞き出した。
勘太は庄吉兄弟と馬引神社へ向かった。川の上流、山の入り口にひっそりと佇む神社の社が流されたと聞き、その様子を見に行った。話通りに神社の境内は荒れに荒れ、多くの瓦礫が流れ着いていた。小さな社は跡形もなく流されていたそうだ。3人は社があった場所に近づくと、その基礎部分に大きな黒い鉄扉があることに気づいた。地下への入り口であろうその鉄扉には、太く頑丈な鎖と大きな錠前が施されていた。扉の先が気になった彼らは、周囲に鍵が落ちていないか探した。しかしそう簡単に見つかるはずもなく途方に暮れていたときだった。
見たこともない少年が声を掛けてきた。少年は太助と名乗り、聞けば神社の先の山道を越えた先の集落からはるばるやって来たという。太助は村が被害を受けたと聞き、親戚の様子を見に来たと言った。3人は最初こそ警戒したが、歳の頃が近いこともありすぐに打ち解けたそうだ。
3人がこの神社の様子を見に来たことを伝えると、太助はある話を始めた。この神社の地下には、かつてこの地を治めたとある武将が宝を隠したという。もしよければ自分もこの錠前を外す手助けをすると提案した。3人は快くその提案を受け、錠前を壊すことにした。
近くに転がる大きな石などを持ち寄り、何度も何度も錠前に打ちつけた。子供の力ではそう簡単に壊れるはずもない。錠前相手に苦戦すること一刻、ついに錠前を壊すことに成功した。錠前を外し、鈍く重い鎖を鉄扉から解き放った。観音開きの鉄扉もそれは重いものであったが、4人は力を合わせて何とか開くことができた。
扉の先には細い石段が続いており、陽の光は底を照らすまでには至っていない。どれほど深い洞穴か定かでないことと、その底知れぬ雰囲気に気圧され3人は進むことを躊躇った。ただ1人太助だけが3人を後押しした。すると一番の年長者である庄吉が先陣を切り、穴の奥へと進むと宣言した。続いて正吉が、勘太に太助という順番になった。
まず庄吉が進み、続いて庄吉が穴に入った。少し遅れること勘太が1段進んだところで後ろにいるはずの太助の姿がないことに気づいた。先頭を進む庄吉にそれを伝えるが、怖気ついてどこかに隠れたのだろうと言う。しばし周囲を見渡すが太助の姿はない。仕方なく進もうととした勘太の耳に庄吉の声が再度聞こえた。穴の奥で何か箱を見つけたという。
勘太は一度穴から出て、2人が出てくるのを待った。少し待っていると先に正吉が、その後ろから1尺ほどの黒い箱を抱えた庄吉が石段を上がってきた。箱の上部には赤い札で封がされていた。不気味に感じつつも、中に武将が隠したという宝があると信じていた。
庄吉は穴から半身を出し、箱を地面に置いた。雑に赤い札を剥がし、箱を開けると中には黒い壺が入っていた。壺にも同様に赤い札で封がされていた。中には乾いた物が入ってるようで、壺を振るとカラカラと音を立てた。小判でもと期待していた3人はその音に拍子抜けしたが、苦労して錠前を外したこともありこのときまでは微かな希望を持っていた。
しかし無情にもその希望は叶うことはなかった。壺の封を切った刹那、黒い靄が壺から溢れ出た。一面をまるで煙でも焚いたかのように舞い上がり、あたりに広がっていった。そしてそれまで雲1つなく晴れ渡っていたはずの境内が、まるで日暮れのように暗くなった。さらに境内の至るところから、無数の赤子や幼子の泣き声が響きだす。風も強く吹き始めていた。
異様な雰囲気に恐ろしさを感じた3人は、急ぎ逃げ出そうとした。勘太と正吉が同時に神社入口の鳥居に向かって駆けだそうとした瞬間、石段から半身を出していた庄吉が悲鳴を上げた。振り返ると黒い無数の人影、それも赤子のような姿の影に纏わりつかれていた。太助を求める庄吉の手を正吉が握り、懸命に石段から引き上げようとした。だが、そんな正吉にも黒い影が纏わりついた。2人はなす術なく仄暗い石段の下へと引きずられていく。勘太はその場に立ち尽くすだけで何もできなかった。勘太の目の前で、穴の奥へ奥へと2人の姿が小さくなり、そして消えた。・・・断末魔のような悲鳴を上げて。
その断末魔を聞いて、勘太は金縛りが解けたように自分が置かれている状況を確認した。このままでは自分も2人のようになると、自分を取り囲むように蠢く影を縫って、境内の外へと逃げ出した。
噎び泣きながらも勘太は必死に文吉たちに説明を終えた。文吉が半信半疑ながら顛末を聞き終えたあとき、父親と祖父が真っ青になっているのを目にした。祖父は言った。“馬引神社の先に集落はない。とっくの昔に人が途絶えて、廃村になっているはずだ”と。それを聞いた勘太は絶句。祖父は父親に強い口調で男衆を集めるよう指示を出すと、父親は家を飛び出していった。そして祖父が勘太と文吉に告げた。
“酷なことを言うようだが、庄吉兄弟は恐らく助からないと”
半刻もしないうちに集落の男衆が集められ、神社の方向へ向かって行った。祖父は村長のところに向かうといい、途中勘太を家に送って事情を説明してくると言って家を出た。
文吉はその場に残されたが、その際に祖父から“決して神社には近づくな”と言いつけられた。そんなことを言われても気になるものは気になると、近くの高い木に昇り神社の方向を眺めた。すると神社のあたりだけ何故か暗く厚い雲がかかっていたそうだ。
そうして夕暮れ前になり、神社から戻った父親とともに家族揃って村長の家に向かった。どうやら村長が村民を集め、事の説明をするとのことだった。村長宅には大勢の住民が押し寄せていたが、村長と共に神官と思われる神職者が10人程いたという。ある程度集まったところで、村長が口を開いた。今回起きたこと、そしてこれから起きることを説明するといった。
すると神官の1人が前に出た。その神官はなかでも一番歳をとっているように見えたが、一番位が高そうにも見えたという。その者は“泉”と名乗り、自らをある由緒正しい神社の神主だと言った。そして今回起きたことの説明を始める。
この村は、古くから貧しい土地であり村人たちは細々と暮らしてきた。やせ細った土地では、作物はなかなか育たず、食い扶持にも困ったそうだ。飢饉に怯える生活のなかで、いつしか間引きが横行した。間引きとは、生まれたばかりの子供を殺したり、時には堕胎させることも珍しくなかった。それだけではない。幼少期になると長兄は跡取りとして残し、それ以外の弟妹は人買いに売られることも少なくなかった。特に女児は買い手がつくこともあって、積極的に売られていった。
しかし売られた子供の末路は悲惨である。人としての扱いを受けることなく、非業の死を遂げた我が子の末路を知る親も少なくなかった。だが、それでも子供を育てる余裕がなく、泣く泣く子供を売らざるを得ない。せめて最後にと馬引神社にて買われていく子供を見送る親も多かったそうだ。そのため馬引神社は別名縁切神社とも呼ばれ、その山を縁切山とも呼んだ。(※太助という少年が来たという集落へ続く道は、同じくこの山を進んだ先と言われているが、街への道とは別とされている)
この話を持ちまして、しばらくお休みさせていただこうと思います。
ほぼ1年に渡り毎月2~3作を投稿させていただきましたが、ここらでネタ切れです(笑)
まだ執筆途中の作品もあるのですが、少し専念したいことができたためかモチベーション維持が困難になりました。少し充電期間を頂いたのち、また復活できればと考えています。
これまで作品に投票いただいたり、動画にしていただいたりと皆さまには大変感謝しております。復帰後もたくさんの人に投票してもらえるような作品を書いて戻ってきます。
ありがとうございました。
陰ながらいつも応援させて頂いておりました。
またとくのしん様の作品を読める日を心待ちにしております。お疲れ様でした。
とくのしんさんの作品、面白くて毎回投稿されるのを楽しみにしていました。
復帰、待っております!お疲れ様でした!
必ず復帰して頂きたいです。お疲れ様でした。
とても読みやすくて、ひきこまれる作品ばかりでした。ありがとうございました。
面白かったです。
コメントありがとうございます。
少しお休みはいただきますが、少しづつ投稿ネタは増やす予定です。ストック溜まった頃に投稿させていただきますので、そのときはぜひよろしくお願いします!
とくのしん
とても寂しいですが、お休み後の作品を楽しみにお待ちしております。