なぁ、ちょっと聞いてくれ。去年の忘年会の帰り、変なことがあったんだよ。
ま、信じるかどうかはお前に任せるけどさ。
忘年会終わって2次会の後、同僚と2人で呑みに行くことになったんだ。小林って奴なんだけどさ。
時期が時期だからどこも店が空いてなくて、ダメ元で小林の友達が働いてる居酒屋に連絡したら、まだ入れるよって事で、そこに行くことにしたんだ。
店は、カウンター席中心のこぢんまりとした所で、いかにも常連って感じの人が多かった。
俺たちが通されたのはカウンター席。厨房を囲むみたいにLの字になっててさ、短い方の席に案内されて、俺の右側が壁、左隣に小林、そのまた左の、ちょうど角のところに50歳くらいのおっちゃんが座ってた。
んで、小林の方を向いて話してたんだけどさ、隣のおっちゃんが、どうもおかしい。
最初は気のせいかと思ってたけど、どうも隣の席に向かって話しかけてんだよ、誰も居ないのに。
「いやいや、違ぇって! お前、前はそう言ってたじゃんかよ!」
「ったく、ほんと気まぐれだよなぁ、お前。誰に似たんだか」
ってさ、誰かとやり取りしてる感じなんだ。
おっちゃんの前には酒と料理が二人分並んでた、けど片方には、一口も手がつけられていない。
小林を見たけど、特に気にしてる風でもなくてさ、周りの客も店の人間も、まるでなんにも無いみたいに普通に飲んでた。
なんだあれ、酔いすぎて同行者が居ないのに気付いてないのか?って考えてたらおっちゃんが席を立って。
「大将、お勘定。いや、俺が出すからお前はいい。…いいっつってんだろ、こんな時くらい甘えとけ!」
酔っ払い特有の大声でそう言って、会計を済ませると店を出て行ったんだ。
まだ手のつけられてない料理と酒の入ったグラスが、カウンターに残ってた。
俺は本当に意味がわからなくて、思わず小林を見た。
けど、小林は特に驚いた感じじゃなくて、「まあ、ビビるよな」って肩をすくめるだけで、平然としてんの。
店員もなんにも無かったみたいに残ったグラスと料理片付けててさ、誰も何も気にしてない感じで、ワイワイ楽しそうにしてんだ。
正直、店全体を不気味に感じちまって、俺が帰ろうぜって言ったら、あいつもそうだなって頷いて、俺たちも会計済ませて店から出たんだ。
外に出て何気なく周囲を見渡したら、少し先にさっきのおっちゃんが居たんだよ。
街灯の下、誰かと話してる感じなんだけど、やっぱり誰も居ないんだ。
独り言にしては会話のテンポがしっかりしてるし、頷いたり、間を置いたり。あれはどう考えても”相手”がいるようにしか見えなかった。
さすがに怖くなってさ、俺は小声で小林に聞いたんだ。
「なあ……さっきの人、あれなんだ?」
小林は少し考えるような顔をしてから、こう言った。
「俺も友達から聞いた話だけど、昔っからの常連らしい。息子さんとよく来てたみたいなんだけど……」
「息子さん、事故で亡くなったんだってさ」
俺は思わず、おっちゃんを振り返った。
街灯の下、やっぱり誰もいない空間に向かって話しかけるおっちゃんの姿があった。
まるでそこに誰かがいるみたいに、楽しそうに。
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