臨死体験
投稿者:とくのしん (65)
商店の入り口はガラス戸の引き戸になっており、商店内を一望できた。見たところ店内に人気はない。ガラス戸の先は広い土間があり、その奥正面に和室、右手には暖簾が掛かった部屋。左奥に勝手口があり、開いたままのドアの先には道がさらに続いている。その道に沿うようにあの湖が見えた。私は逸る気持ちを抑えきれず、商店のドアを開けた。
「ごめんください」
引戸を開けて私は商店の主に向け声をかけた。しかし、返事はない。そのまま一歩足を踏み出し店内に入った。そのまま様子を伺うが、相変わらず人気は全く感じられない
「ごめんください」
先程よりも大きな声を張り上げるが応答はない。
“一刻も早く湖に向かいたいのに困った・・・”
そう思いながら、店主が出てくるのを待つ。和室には一組の布団が丁寧に畳まれており、この家が空き家でない様子が見て取れた。となると、少し店を空けているだけなのだろうか?そう思いながらじっと帰りを待つも音沙汰はない。しかしいくらまっても誰かが出てくる気配はない。
“こうなれば無断で悪いとは思うが、先に進ませてもらおう”
勝手口を眺めながら意を決し、和室の上がり口へと向かおうとしたときだった。
「何か用かい?」
いつ現れたのだろう?手を後ろ手に組んだ腰の曲がった老婆がこちらを睨みつけるように、
暖簾の前に立っていた。
「あの、この先の湖に行きたいんですが」
一瞬ぎょっとしたものの、この先に進みたい旨を伝えた。老婆は一呼吸置いて再度口を開いた。
「この先には行けないよ」
一瞬言葉の意味がわからず“金を払わないと先に進めない”とそう思った。とあれば払うものを払えば通れるものと思い、ジーパンのポケットを弄るが困ったことに財布が見当たらない。
私のそんな慌てふためく様子を見ながらも老婆は一言も発しない。と、背後で複数の声が聞こえてきた。振り返った先に50~60代くらいの女性3人が和気藹々と喋りながら、こっちに向かっているではないか。
「いらっしゃい」
私の時とは打って変わった態度で、老婆は3人組を出迎えた。しばし何かを話したと思ったら、その3人を店内にすんなりと通した。3人はそのまま和室を通り勝手口から出て行くと、その先の道を進んでいった。
私はその光景を唖然と見送りその場に立ち尽くしていた。この差は何だと憤っていると、3人を見送った老婆が私の近くにやってきて声をかけてきた。
「あんた本当にこの先に行きたいのかい?行くのは構わないが、行ったらあんた戻れないよ?」
「それはどういうことですか?」
老婆は何も答えなかった。ただ老婆は先程と違い、優しさに満ちた仏のような表情を浮かべていた。それを見たとき、私は全てを悟った。
“私はこの先に進むべきではない”
私は無言で一礼し、その場を後にした。ふと振り返ると、老婆がじっと私を見ていた。
そこで夢から覚めた。意識が戻り、最初に確認したのは心臓の鼓動。胸に手を置くと、しっかりと脈を打っているのがわかった。汗でびっしょりとなりながら、その鼓動に生きている実感が湧いた。そこでようやく安堵することができたのである。
それからしばらくラップ音や金縛りは続いたが、入居後半年を過ぎたあたりから徐々に怪奇現象は収まり、いつしかなくなった。あの部屋にはなんだかんだ10年程世話になったが、怪異現象に合ったのは入居後半年くらいの期間であったろうか。
今はその建物は取り壊し、新しく建て替えられている。その土地からも離れたものの、たまに私用を兼ねて立ち寄ることもあり、新しく建て替えられた建物を見るたびにあの出来事を思い出す。
冒頭にも書いたように、この臨死体験(?)が現実だったのか、それとも夢だったのかはわからない。あのとき商店の先に進んでいたら、もしかすると本当にこの世にいなかったのかもしれないと考えると、少し背筋が寒くなる。
長くなったが、これが私の実体験だ。
作者とくのしんです。
こちらのお話は少し設定を変えていますが、私の実体験に基づくものです。
お話には書いておりませんが、最初住んでいたアパートでも実は金縛りに逢いました(笑)
それ一回こっきりだったのですが、まぁ人生初めてでしたのでかなり怖かったです。急に目が覚めたと思ったら、目の前に黒い人影が立っていて、「ブオン・・・ブオン」という耳鳴りがだんだん大きくなっていったのを覚えています。
それとは別に幼少期に住んでいた家では、誰もいないのに名前呼ばれたり、水道が勝手に流れたりする家でした(笑)
そこも別に事故物件という話は聞いていないんですけどね。思い返すとかなり不気味な家だったのを記憶しています。
そういうところに当たりやすいんでしょうかね?
一応今住んでいるところではそういう類のものはいないと思います。
安くて古くて違和感ある所は、要注意ですね。
湖のくだりが好みです。
>安くて古くて違和感ある所は、要注意ですね。
全くです(笑)
>湖のくだりが好みです。
今でもはっきりと思い出せるくらい、空から湖へと続く光の柱が神々しかったのを覚えています。神々しいなんて表現普段ほとんど使いませんが、そんな表現でしか言い表せない程美しい光景でした。あの光景を間近で見なければいけないと思わされるくらいだったから、本当にあの世の境だったのかなぁとしみじみと思いますね。
とくのしん