臨死体験
投稿者:とくのしん (65)
あれは・・・本当に不思議な経験だった。
今から20年近く前の話になる。当時学生だった私が、初めて一人暮らしに選んだ物件は1DKの築30年近くのアパート。“とりあえず安くて寝泊まりできればいい”なんて安直な考えから選んだものの、こんなアパートじゃ友達は呼べても女の子は呼べやしないことに住み始めてから気づいた。まぁその頃は彼女なんて呼べる存在もいなかったんだけど。
古びた畳と襖が実に昭和チックだったアパートを思いがけず出ることになったのは、大学1年生の終わりだったと記憶している。大家が思いがけず急死したためだ。正直大したアパートではなかったが、駅からそう遠くない立地のいい住宅街に位置していたこともあって、相続で揉めることになったと人づてに聞いた。(後々に取り壊して駐車場になったが)
そうしてアパート探しをしていたところ、不動産屋から格安の物件を紹介された。その物件は築50年程経ったこれまたボロい建物なのだが、1階はどこかの会社の倉庫と古くからの美容室が入っており、2階部分がまるまる住居として使用できるというものだった。かなり広いということと、駅から徒歩10分という立地、何より家賃がほとんど変わらないという好条件に私はすぐに内覧を決めた。
不動産屋立会のもと、その物件の内覧を行った。駅に近い通りに面したその物件は、確かに見てくれこそ古いものの、そこまで気になる程ではない。事前の話通りに1階には古びた美容室と会社の倉庫があり、2階へは外階段を上る。外階段を上がりきった先には屋上への別の階段があり、その手前が玄関になっていた。玄関を開けるとさらに内側にもう一枚のドアがあり、その間にトイレがあった。
少しばかりウキウキしながら内ドアを開けたのもの。一面何もないだだっ広い空間に圧倒された。2階部分がまるまる広い空間が広がっているだけであった。
「どうです?広いでしょ」
不動産屋のその一言に私は言った。
「いや、これ一人暮らしじゃ持て余しますよね」
その仕切りもない空間が異様に感じたのは、何も広さだけではない。床が真紫色のカーペットなのだ。某宗教の尊師が着ていた服の色といえば想像に難くないだろうか。聞けば以前、とある新興宗教団体が道場として使用していたため、このような見栄えなのだと説明された。(借りていた団体はあの大事件を起こした某宗教ではない)
「貸主負担でリフォームをすることになっていますのでご安心ください」
不動産屋はさらりとリフォームに触れたが、間仕切りして部屋と風呂まで設置するという話に、私はある疑問を抱かずにはいられなかった。
「こんな好条件で貸すってことは・・・ここ事故物件ですか?」
そう尋ねた私に、不動産屋は顔色一つ変えずに答えた。
「そのような事実はありません。ただ物件自体が古いことと、宗教団体が借りていたということで、長く借り手がつかないんです。そこで大家さんが住んでくれる人がいれば助かるということでこのような条件でお貸しすることができるんです」
普通なら迷うだろうが、前のアパートを早めに引き払う必要もあって即決した。これが後にあの体験に繋がるわけだが。
1ヵ月後、簡単なリフォームを終えた物件は“それなり”になっていた。といってもだだっ広い空間は、雑に仕切られた壁が一つ真ん中に通り空間は二つに仕切られた。部屋と呼ぶにはあまりに広かったが、それでも以前よりはずっと良い。ただ、例の真紫色のカーペットだけはそのままになっていたのにはさすがに気になった。
だが一人では持て余す部屋の広さにどこか浮かれていた。どんな家具を置こうとか想像を膨らませるのも楽しかったが、何よりほぼ一軒家のような造りだ。夕方には美容室も閉めることから、夜にギターを爆音で弾こうがゲームを夜通し楽しもうが、誰に文句を言われることはない。そんな自由気ままな生活が始まることに心躍っていた。
しかし、入居してすぐに異変が起こる。夜中になると部屋にラップ音が鳴り響くのだ。最初は古い建物故に家鳴りがするのだと思っていた。だが、家鳴りの「ミシッ」という音ではなく、明らかに誰かが手を叩くような音が部屋のあちらこちらから鳴り響く。それも1晩に1度や2度程度ではない。そんな現象に悩まされるかと思いきや、どうも私はそんな神経質な性格ではなかったらしい。そんなことお構いなしに、気がつけば寝ていた。
そんなことが続いたある日、友人が遊びに来ることになった。引越祝いを兼ねて遊びに来た友人と夜中までどんちゃん騒ぎをしたため、終電を逃した友人は泊まることになった。その際ラップ音がすることを伝えたが、友人は心霊に懐疑的だったこともあり信じてはいなかった。が、実際に明かりを消すと、いつものようにラップ音が鳴りだし、それを聞いた友人は大層驚いていた。
その後もちょくちょくと遊びに来る友人を、ある日の深夜に一人残して最寄りのコンビニに買い出しに行ったときのこと。戻った私に友人は大層怯えた様子で声を荒げた。
「今、テレビ台代わりの段ボールの中から“ドン”と叩く音がした!」
友人の話では、引っ越して間もない部屋にポツリと置かれたブラウン管のテレビを購入した際の段ボールをテレビラック代わりに使用していたのだが、突然段ボールの内側を誰かが強く叩いたというのだ。それを聞いて私と友人は恐る恐る中を覗いたものの、当然人っ子一人いない。さすがにこれには友人もかなり驚いたようで、この部屋を退去するよう勧めてきたが、私は実害はないとしてその提案をさらりと受け流した。
だが、この日を境に怪奇現象が勢いを増してゆく。ラップ音が激しくなったり、消したはずのテレビが点いていたり、誰もいないはずなのに誰かの声がしたり、置いたはずのモノが無くなったり。さすがに“声”は不気味だったが「おい」とか、せいぜい一言二言の呼びかけがほとんだったこともあり、ラップ音の延長だとあまり気にならなかった。物が無くなるのは地味に困ったが、まぁ自分の管理も良くないのでそこは何とも言えないが。
そして段ボール事件から1週間程過ぎたある日、私は妙な夢を見た。
夢のなかで私は、あたりに何もない乾いた原っぱのような場所に立っていた。目の前に真っすぐ伸びた砂利道がどこまでも続いており、その道をひらすらに歩いていく。しばらく歩いていると、右前方に平屋の古びた住宅。崩れそうなブロック塀に囲われた赤いトタン屋根の掘っ立て小屋のような家の玄関先に60~70代くらいの坊主頭の男性が立っていた。その男性が玄関に手をかけて家の中に入ろうとしている。その様子を少し離れたところから、私はじっと眺めていた。すると男性が、視線を私に移してこう言い放った。
「・・・〇〇日の金曜日にまた来るからな」 ※〇〇は不明。
その一言で、私は目を覚ました。悪夢を見たときのように心臓はバクバクと音を立て、額からは大粒の汗が流れた。
“不気味な夢を見た”
何とも言えない後味の悪さを感じていると、ふと枕元に人の気配を感じた。当時、中国人の窃盗団が世間を騒がせていたこともあり、こんなボロ家にも入り込んだのかと恐怖した。その気配はじっと動かず私の枕元に立っている。これは下手に刺激せず、このまま寝たふりをしてやり過ごすのが吉と思い、息を潜めじっとしていると、その不気味な気配は私の左側を通り足元のドアに向かって行った。(このときのことを冷静に思い返すと足音一つしなかった)
作者とくのしんです。
こちらのお話は少し設定を変えていますが、私の実体験に基づくものです。
お話には書いておりませんが、最初住んでいたアパートでも実は金縛りに逢いました(笑)
それ一回こっきりだったのですが、まぁ人生初めてでしたのでかなり怖かったです。急に目が覚めたと思ったら、目の前に黒い人影が立っていて、「ブオン・・・ブオン」という耳鳴りがだんだん大きくなっていったのを覚えています。
それとは別に幼少期に住んでいた家では、誰もいないのに名前呼ばれたり、水道が勝手に流れたりする家でした(笑)
そこも別に事故物件という話は聞いていないんですけどね。思い返すとかなり不気味な家だったのを記憶しています。
そういうところに当たりやすいんでしょうかね?
一応今住んでいるところではそういう類のものはいないと思います。
安くて古くて違和感ある所は、要注意ですね。
湖のくだりが好みです。
>安くて古くて違和感ある所は、要注意ですね。
全くです(笑)
>湖のくだりが好みです。
今でもはっきりと思い出せるくらい、空から湖へと続く光の柱が神々しかったのを覚えています。神々しいなんて表現普段ほとんど使いませんが、そんな表現でしか言い表せない程美しい光景でした。あの光景を間近で見なければいけないと思わされるくらいだったから、本当にあの世の境だったのかなぁとしみじみと思いますね。
とくのしん