会社帰りに一杯やって、気分良く帰宅の途に就いた。
「いっけねぇ・・・うっかり一駅乗り過ごしたわ」
うかつにも、降りる駅を一つ間違えて、隣町の駅に降り立った。
しかたない、歩くか・・・。
一駅の区間はさほど長くはない。電車でほんの数分、ゆっくり歩いてもおそらく20分程度の距離だろう。酔い覚ましにも丁度よいと思い、歩くことにしたのだが・・・歩いているうちに妙に懐かしさが込みあげて来た。それもそのはず。実は10年ほど前、まだ若かりし頃に、ひと駅隣のこの町に住んでいたことがある。まだ大学生で、バイトしながらワンルームのアパートに住んでいた。
アパートの隣室には偶然にも同じ大学に通うリカコがいて、俺らはいつのまにか仲良くなって、一緒にメシに行ったり、遊んだり、そのうちそれぞれの部屋に押しかけて過ごすことも多くなった。
それから・・・それから・・・
リカコは甘えん坊なところがあったな。
田舎から出て来て、親元を離れて暮らすのは初めてだって、
だから寂しくてよく俺にくっついて添い寝をねだっていた。
ネコのように甘えん坊でかわいい女だったな。
それから・・・それから・・・
なんだろう、頭がモヤモヤする。あんなにかわいい彼女ができて、青春だったはずなのに、
なぜこんなに頭がモヤモヤするのだろう・・・肝心なことが思い出せない。
第一、今の俺はリカコとはすっぱり縁が切れている。なぜだ?
俺たちはどうして別れたんだっけ?
自然消滅?・・・そんな馬鹿な。肝心なことが思い出せない。
俺の足は、そのモヤモヤを解消しようと元住んでいたアパートの方へと向かっていた。
そういえばこの10年・・・こんな近くにあったのに、なぜ俺は一度もここを訪れなかったんだろう?散歩がてらに懐かしい元の家まで歩く・・・なんてこと、1度くらいあってもいいはずなのに。
元のアパートのあるところまでもう少しだ。
もう少しなんだが、なぜか足元がおぼつかない。
まるで夢の中を歩いているような、フワフワした感じだ。
心臓がドキドキしている。
酔っているせい・・・なんだろうか。
あった、見えた。 アパートが見えて来た・・・のだが、その様子に愕然とした。
外灯にやっと照らし出されたその姿は、まるで廃墟。
人の息遣いを感じさせるような窓の灯りはなく、外階段や廊下を照らす照明すらない。
草は伸び放題だし、狭い庭には竹まで生えて二階の屋根を超えそうな高さにまでなっている。
いったいどうなっているんだ・・・誰も住んでいないのか?
俺はあまり足音を立てないようにして、アパートの二階へ上がってみた。
203号室、そこが自分の部屋だった。
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