ゆきめ
投稿者:マチノスケ (16)
私がその民宿を訪れたのは、全くの偶然でした。
当時の私は観光目的で東北地方の某所に来ていたのですが、観にいった場所がけっこう辺鄙なとこにあったんです。日帰りのつもりだったんですが、運悪く夜から大雪で交通機関がダメになるだろうという予報が出てしまいまして。それで近くに何処か泊まれるような所はないかと探したところ、その民宿に行き着いたわけです。そこは大きいロッジを改修したような所で、どちらかというとペンションといった趣だったでしょうか。ご主人と奥様そして娘さん夫婦で経営されていて、1階には食堂と休憩スペース兼待合所、2階には共同の浴室と宿泊部屋が数室あるといった造りになっていました。私は宵の口に受付を済ませ荷物を整理したあと、休憩スペースでご主人が淹れてくれたコーヒーを飲みながら、特にすることもなくボンヤリとしていました。
ふと、厨房からご主人と奥様がボソボソと話している声が、耳に入りました。
「……今晩はかなり降るみたいだね」
「こういう日は『ゆきめ』に気をつけないとね」
「ね。次の日……」
細かい言い回しなどは覚えていないのですが、大体こういうことを話していたと思います。どういう流れでその会話になったのかも分からないし前後の内容も聞いていなかったのですが、深刻に話している様子はなく普段の何気ない会話が聞こえたといった感じでした。要するに特に引っかかるようなものではなかったのですが、私はチラッと聞こえた「ゆきめ」という単語が妙に気になったのです。
「ゆきめ」ってなんだろう。
普段から怪談やオカルトめいた話題が好きだった私は一般的な意味を調べるという考えになる前に、そういう方向に頭を働かせ始めました。実は元々の目的だった観光というのも、そういった類の聖地巡りのようなものだったのです。
──もしかしたら地元に伝わる怪異か何かのことを、少し冗談半分に話したのかな。
そう私は思ったんです。
真っ先に思い浮かんだのは雪女でした。ちょうど雪の降る季節ですし、女という漢字は「め」とも読みます。また、雪女に関連づけられる怪異に産女というのがあります。もしかしたら、この地域では雪女のことを「ゆきめ」と呼ぶのかもしれない。呼び方に限らず同一とされる怪異でも、地域によって微妙に性質が違ったりする場合があります。少し陳腐な言い方かもしれませんが「ご当地の怪異」というのでしょうか、そういったものなのかなと最初に思いました。
あるいは全く別の、この地域でのみ伝わっているものか。もしそうなのだとしたら、一体どんな姿をしていて、どんなことをするのだろう?どんな時に現れるのだろう?今その話をしていたご主人に聞けば直ぐにでも解決するような疑問でしたが、時間も潰したかったことですし、ちょうど良いネタができたと思って私は「ゆきめ」を色々と想像してみることにしたんです。
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