赫い指
投稿者:マチノスケ (16)
私が、小学生だったころの話です。
当時の私には入学直後から仲の良かった「サキちゃん」という、元気で好奇心旺盛で、少々やんちゃな友達がいました。彼女に対して私はというと、どちらかと言えば口数は少なく引っ込み思案な方で。正直なぜ仲良くなれたのか分からないほどに、サキちゃんとは正反対の性格をしていました。お互いに足りないものを持っているからこそ、どこか惹かれる部分があったのかもしれません。ともかくサキちゃんと私は、いつも一緒に遊んでいました。彼女が「今日はこんなことをやろう」と提案し、私がそれに付いていくといった感じです。私はそれだけで楽しかったから、基本的に自分からサキちゃんを遊びに誘ったり、何か意見を言ったりすることはありませんでした。彼女との遊びの中で少し悪いことや危ないことをやることになっても、よくないとは理解しつつも「まぁ楽しいからいいや」と一緒になって続け、翌日サキちゃんの巻き添えをくらう形で親や担任の先生から二人で怒られる……そんな日々を過ごしていました。
小学校3年生の、ある日のことです。たしか、夏休みがあけたばかりの頃だったでしょうか。その日サキちゃんは「今日の放課後、学校の裏手にある林に行こう」と言ってきました。別にそこで何かしようとかではなく、とりあえず行こうと。そこは先生や周囲の大人たちからは「子どもだけでは行くな」と言われていた所でした。それは何かよからぬ謂れがあったというわけでも、人が何人も死んでいるというわけでもなく、ただ単に人の手が入っておらず鬱蒼としていて危ないからというものでした。まぁサキちゃんは、そんなこと気にもとめずに何の躊躇もなく私を誘い、私は私で「なんだか楽しそう」という単純な好奇心と「サキちゃんと一緒なら大丈夫か」という根拠のない安心から、何の躊躇もなくソレを了承してしまったのでした。私とサキちゃんは陽の傾いた例の林へと続く道をコソコソと進み、意気揚々と探索を始めました。
正直、林そのものは話に聞いていたほど危ない場所ではありませんでした。たしかに少々荒れた足場の悪い林ではありましたが、自然に慣れている田舎の子どもにとっては問題にならない程度でした。サキちゃんと二人で「なんだ、全然たいしたことないね」と、笑いながら歩いていたのを覚えています。蛇とか蜂とか何か危険な生き物に出くわすようなこともなく、ましてや変な声が聞こえたとか変なものに追いかけられたということもなく。木々の隙間から差し込む夕刻の日差しと、ゆるく吹く風が運んでくる緑の匂いと、少し遠くから聞こえるヒグラシの声が、ただただ心地良かったんです。
ここで何かしら危ない目に会って、早々に引き返すようなことになっていれば良かったと今でも後悔しています。
二十分ほど進んだあたりだったでしょうか。急に開けた場所に出たんです。それまで植物が生い茂って落ちた枝と石ころだらけだったのが、不自然なほど平らで植物も生えていない地面が、半径5mほどの円形に広がっていました。そして、そのちょうど中央あたりに小さいお墓がひとつ建っていました。たぶん無縁墓……だったのだと思います。こういう田舎とその近辺の山や田畑には「みなし墓地」と呼ばれる個人墓地が建っていることがあり、これ自体は何ら珍しいことではありません。ただ、その墓は色々と奇妙でした。いびつな形の石を組み合わせて作られた手作りの台に楕円の形をした竿石が置かれていて、その傍には恐らく花立の代わりであろう竹筒が二つ置いてあったのですが……
そこには、彼岸花が供えてあったんです。
まるで、たった今活けたばかりであるような。
瑞々しく、真っ赤な彼岸花が。
二つある竹筒のうち片方に、一本だけ。
たしかに、山に入って無縁墓の世話をするような人はいます。ただ、その割には墓石そのものはすっかりと苔むしていて、もう何年も誰も訪れていないように思えるほど荒れ果てていました。供えられた花だけが不自然に綺麗でした。花を供えるなら、その前に墓石の掃除や手入れくらいはするでしょう。それに……そんな世話をするほどまでに仏教の道を心得ているならば、毒のある彼岸花を仏花として墓に供えるのは良くないということくらい分かりきっているはずです。しかし当時の私とサキちゃんにそんな知識があるはずもなく、少し珍しいというか変な気はしていたものの、なんの警戒もせずに墓石に近づいたのでした。私はそれを近くで眺めていただけでしたが、サキちゃんは「誰のお墓なんだろう」とか言いながら、止せばいいのに爪で墓石についた苔をガリガリ剥がしたりしていました。一本だけ供えてあった彼岸花も、手に持って舐めまわすように見ていました。
私は、なんとなく嫌な感じがしていました。
霊感のように何かの気配を感じ取ったわけでもないし、あの墓の奇妙さも今ほど分かってはいませんでした。それでも、薄暗く緑と茶色に囲まれた空間のなかにポツンとあった真っ赤な彼岸花は、私の目には何か異様なものに映ったのです。私たちがいる墓に、ちょうど夕日が当たっていました。赤い花弁に橙色の光が加わり、あの彼岸花はまるで焼けた鉄のような、よりいっそう鮮やかさの増した色でギラギラと光っていました。美しい色ではありました。でも、見惚れてしまうような美しさではなかったと思います。それは見る者を、どこか不安にさせるような美しさでした。
結局、墓石はすっかり風化してしまっており刻まれていたであろう名前を読み取ることはできませんでした。他に興味を引くようなものもなかったので私とサキちゃんは飽きてしまい、引き返してトボトボとお互い自分の家へと帰りました。私は、帰り道もずっと不安でした。あのギラギラした彼岸花が、どうにも頭から離れなかったのです。そして、それを眺めていたサキちゃんの目も何だかいつもとは違う感じがして。いつも通り好奇心に満ちた綺麗な目なのに、何かが違う気がして。
今思えば、彼女は既におかしかったのかもしれません。
次の日、私とサキちゃんは何事もなく学校に来ていました。ただ、サキちゃんが「左手の指が痛い」と言っていました。見てみると、たしかに指先のあたりが少し赤くなっています。私は昨日林を歩いていたとき何か悪い虫に噛まれたか、何かの植物でかぶれてしまったのだと思いました。色々なものをベタベタと触っていましたから。次の日、サキちゃんは両親に言うだとか薬を塗るだとかをしていないのか、まだ「痛い」と言っていました。見ると昨日よりも赤みが増し腫れているような気がしたので、私は「早く病院に行った方がいいよ」と言ってその日は終わりました。
そして、その次の朝。
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