空き巣常習犯最後の仕事
投稿者:とくのしん (65)
“このままじゃ見つかってしまう”ワタシはやや慌てながら、目の前の部屋に入ろうとした。が、建付けが悪いのか襖が開かない。強引に開ければ物音を立ててしまう。これには参りましてね。慌てるワタシをよそに足音はすぐそこまで迫っていた。
”万事休す”
しまった、隠れるタイミングを逃した、そう半ば諦めの心境だった。
だけど階段の上がり端で“ギシッ”と一際大きい足音を立てたんですが姿はない。足音の感じから、誰かが階段を上がり切ってきたのは間違いなかった。しばし、廊下の奥をじっと眺めていましたが、人の気配を感じることはなかった。もしかして家鳴りを足音と勘違いしただけだったかと、そう自分に言い聞かせ胸を撫でおろしたときでした。
「ごめんください」
すぐ近くであの声が聞こえた。その声は・・・あろうことか今自分が手をかけている襖の向こうから聞こえる。ワタシは思わず「ぎゃっ!」と小さな悲鳴を上げてしまった。と同時にその場を離れようとしたときに、足が縺れて廊下に倒れこんだ。
すると襖がガラっと開く。でもそこには誰の姿もない。ですがその向こう、部屋の中には無数の日本人形が乱雑に所狭しと転がっていた。異様な光景を目の当たりにして、ワタシは絶叫してしまった。だって、その数えきれない程の日本人形が、私を睨むように見ているんですよ。それで急いでその場から離れようとしたものの、腰が抜けたのか身体が思うように動かない。這い蹲って廊下を進もうとしたときでした。
「いたな」
その声を聞いた途端、ワタシは金縛りにあったように動けなくなった。匍匐前進のような恰好のまま身動きが取れなくなっていたワタシの背後に、急に人の気配がしてきましてね。でも身体が動かないから振り返ることもできない。だからその気配を目で確認することはできないんですが、その何者かがワタシに近づいてくるのがわかるんです。何となくその気配は、大男のような感じがしました。
そして、男は動けないワタシの背中に乗ってきた。腰から胸のあたりにずしりと重さを感じてね。結構な重さなんですよ。胸が圧迫されて息苦しくなった。それでもって次は首を背後から締めてきました。物凄い力で締められるもんですから“あぁ、このまま死ぬんだな”とワタシも思いました。
いよいよ息もできなくなって目の前が真っ暗になってきましてね。こんなことなら空き巣なんてやるんじゃなかったと、今わの際でそう思ったんです。
「・・・で、結局お前は生きてると」
「えぇまぁ・・・死ぬ思いはしましたけどね」
「それで・・・お前は入った家で、その・・・変な体験をしたっていうのか?」
「そうです・・・」
「場所はどこだ?どこの地方に行ってたんだ?」
「〇県の〇村ってところなんですけどね・・・」
「〇県て・・・お前随分遠くまで逃げたもんだなぁ(笑)そりゃなかなか見つからないわけだ。でもってそんな話信じろっていう方が・・・」
「なかなか信じられる話じゃないというのはわかっていますよ。でもね、これは本当にあったことなんです」
「それはわかったけどよ、何でその話を俺にするんだ?余罪増やしたいのか?」
「今更1つ2つ増えたところで・・・というのは冗談ですが、黒田さんには色々と迷惑もかけてきましたし、今回の件でもう空き巣はしないと決めました。きっと今までのバチが当たったと思うんです。こんな眉唾な話を信じてくれっていうのは無理かもしれませんが、あんな怖い思いをするのはごめんですし。ならいっそ心を入れ替えて・・・」
「それも何度も聞いたがな」
「今回ばかりは本当に・・・」
「ま、ともかくだ。お前が心を入れ替えるっていうなら真剣に俺も考えてやる。その件は置いといて取調は明日もあるから、今日はこれくらいにしようや」
「わかりました」
そうしてその日の取調を終え、俺は帰宅した。あの松木がどこまで本気なのかわからんが、心を入れ替えるといったあの言葉をもう一度信じてやろうかと思った。そんなことを思いながら、行きつけの居酒屋で一杯やってその日は帰宅した。寝付いたのは午前様を回ったあたりだった。携帯がけたたましく鳴る音で目が覚めると、時刻は四時。
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とくのしん