奇々怪々 お知らせ

心霊

件の首さんによる心霊にまつわる怖い話の投稿です

雨と幽霊
長編 2022/10/22 21:59 4,611view
3

 夜明け前の暗闇。
 距離を取りながら、私は彼女の後をつけました。
(これ、ストーカーだな)
 そんな事を考えもしましたが、放っておけない気持ちがありました。
 彼女の通った後には、あの柑橘系の香りが残っていました。
 彼女はそろりそろりと歩いて、4つほど先のブロックで枝道に入ります。
 枝道沿いにあったのは、古びたアパートでした。
 彼女は外付けの階段を足音を立てずに上がり、外通路から2階の一番奥の部屋に入って行きました。
(幽霊じゃ、ないか……)
 私はそう思おうとしたのですが、どうにも気になり、階段を上がりました。足音がやけに響く錆びに覆われた鉄の階段でした。
 外通路を通り、彼女の部屋の前に辿り着きました。

 その時点で。
 私は110番通報しました。

 部屋の中で死んでいたのは、あの女性でした。
 そして、息絶え絶えの赤ん坊がタオルの上に寝かされていました。
 救急搬送された赤ん坊は栄養失調気味でしたが、緊急の処置を受けた事で一命を取り留めました。
 女性の死亡時刻は、私が通報した時間とほぼ同じでしたが、死因は出産時の傷口からの感染症で、敗血症になっていたそうです。
 そして押し入れには、男性の腐乱死体が詰め込まれ、その臭いが漏れ始めていました。

 警察の調べでは、女性の身体には出産時の傷の他にも、いくつもの殴られたような跡があり、恐らくは被害者男性による継続的なDVがあったと考えらるそうです。
 そして、我が身か子の危険を感じた彼女は、寝ている男性を刃物で殺害し、押し入れに隠したようです。
「そのまま警察に自首したら、死ぬ事もなかったですよね」
 事情聴取の時、刑事さんに聞き返してみました。

「そうですねぇ」
 少し刑事さんは考えて答えました。
「殺しはしましたが、彼女は男性の事を好いていたのでしょう。自分の子供と愛した男、一緒に過ごせるタイミングは、あの時しかなかった、そう思って自首を躊躇ったのかも知れません」
 その躊躇いの期間に、感染症が進行し、苦痛から判断力が低下していく。アパートはガスも電気も料金滞納で止まって、お湯も沸かせない状態でした。気付いた頃には、赤ん坊に対して何もしてやれなくなっていたのです。
「そして、目の前の我が子を生きながらえさせようと彷徨ううちに、あなたの勤めるコンビニの灯りに引き寄せられたのかも知れません。柑橘系の強すぎる香水は、恐らく傷口の臭いをごまかすものだったのでしょう」

 治療後、赤ん坊は児童養護施設に預けられ、今年無事に小学校に入学しました。
 あの時の縁で、私は後見人のような立場になりました。たまに顔を見に行きますが、元気で良く笑い、あの母親とどうもイメージがかぶりません。
 ひょっとしたら、あの母親も、元気な時はこんな風だったのかも、と思います。
 もう少し早く気付いたらと思う反面、人を殺してしまった彼女が生き延びたとして、どんな居場所があったろう、とも思うのです。
 そして、少なくとも彼女がこの子を生き延びさせた事、その一点について間違いはなかった。
 いつもそう結論づけるのです。

3/4
コメント(3)
  • 切なく哀しいお話でした。私が初めて聞いた怪談が、この「飴を買いに来る幽霊」でした。
    いつの時代も母親の我が子への思いは、変わりませんね。

    2022/10/24/04:48
  • 切ない話でしたが、人と話すのが苦手と言ってた貴方は人として素晴らしい対応でサービス業のお手本ですよ。

    2022/10/24/14:21
  • すばらしいコンビニです。毎日通いたい。

    2022/10/31/12:29

※コメントは承認制のため反映まで時間がかかる場合があります。

怖い話の人気キーワード

奇々怪々に投稿された怖い話の中から、特定のキーワードにまつわる怖い話をご覧いただけます。

気になるキーワードを探してお気に入りの怖い話を見つけてみてください。