伝統の味
投稿者:件の首 (54)
平安時代末期、方丈記にも語られる養和の大飢饉の頃、その村で人食いが発生したという。
雑誌記者の私は、この伝説が何かのネタにならないかと取材に来たのだった。
「――京の都も、周りの村も、みんな餓死者が出そうになったんですけどね」
村の古老が、囲炉裏の前でゆっくりとした調子で話す。
「当時の村の長が『1人を喰らえば100人が生き延びられる』と言いましてな。各家族から順番に人を出させたのです」
炎が、背後に揺らめく大きな影を作る。
「最初は村長の家の娘でした。娘は気丈に振る舞い、自分で鎌で首を半分ほど切って死んだのです」
私は黙って出されたお茶を飲む。
「村人達は娘の旨さに驚いた。無理もない、飢えに飢えていたところに、人のものとは言え脂や肉や血を喰らえたのです」
飢饉による人肉食。正直ありふれた話だ。
最初が村長の娘というのは、それなりのドラマ性があるか。
「その後は各家で順番に子供から出していきました。今から考えると逆なようですが、親が死ねば子供は野垂れ死ぬ。そういう時代なのです」
のんびりした語りだ。レコーダーの残り時間はまだあるが、眠くなって来る。
「全ての家が生け贄を出し、2巡目となりました。今度は、家単位にしようという事で、意見が一致しました」
「家単位?」
「人の味には差がありましてな。村長の娘があんまり旨く、みんなが村長の家の者を食べたがったのです」
「へぇ」
「村長の家の子を全て喰うと、村長の妻、そして村長自身まで喰ってしまいました。その後は、旨い家から喰って行き、やがて翌年の実りの時期にようやく飢饉は終わりました」
古老は1つ息をつく。
「けれど人の味を忘れられない村人達は、正月料理に使うようになったのです。今日に至るまで――」
目を覚ますと、身体が動かなかった。
「おや、目が覚めるとは運の悪い」
村の男が私を見下ろして、それを担ぐ。
人間の、脚だった。
「血はよく洗って下さい。痺れ薬が残っているかも知れません」
古老が男に言う。
「楽しみですなぁ! 爺様!」
「そうですね」
古老はにこにこしながら言った。
「何しろ、この村に生き残っているのは、不味い家族ばかりですからね」
果たして余所者は旨いのか?