虫が小さい頃から好きだった。
虫と話が出来れば良いのに、と両親に話したら「お前は夢があるね」と笑っていた。
大人になってからも、虫好きは変わらなかった。
虫と話は出来なかったけれど、求める事は何となく理解出来るようになった。
その日も僕は出勤し、業務に入る。
電話の向こうで相手の人が別の社員を呼べと怒鳴っているが、同僚を見ると指でバッテンを作っている。
いないと言わなければならないらしい。
とりあえず電話の相手に謝り続ける。
うるさい。
アオマツムシだってもっと上品だ。
夕方になって、同僚達はちらちら片付け始めている。
「きゃあっ!」
給湯室の方から声がした。
「なにこれ」
「殺虫剤は!?」
虫がいるようだ。
思わず、僕も見に行く。
そこには、ゲジゲジが1匹、もぞもぞと所在なさげに歩いていた。見慣れない子だ。外から紛れたのだろう。
と。
いきなり横から同僚が、殺虫剤を吹きかけた。
「よせ」
思わず僕は、同僚を突き飛ばす。
同僚は何か大きな鳴き声を上げ騒ぎ始める。
僕の周りに他の同僚がたかりはじめる。
気持ち悪い。
突き放そうとしてもまとわりつく。
そうだ。
こんな事もあろうかと。
ポケットからナイフを取り出して切る。
同僚は首の辺りが弱点だ。
内骨格生物の構造は分かりにくいが、外皮が薄く刃物に弱い。
虫の骨格はあんなに継ぎ目が分かり易く美しいのに。
たかっていた同僚は、離れた。
ああ、良かった。
本当、内骨格は分かり難いな。
ここはどうだろう。
違うか。
もっと奥が継ぎ目かな。
この刃じゃ、しっかり内骨格まで届かないや。
ああそうだ、ゲジゲジ。
ゲジゲジを探したが、もう姿はなかった。
無事に逃げる事が出来たようだ。
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