メルヒェン的疎通
投稿者:件の首 (54)
虫が小さい頃から好きだった。
虫と話が出来れば良いのに、と両親に話したら「お前は夢があるね」と笑っていた。
大人になってからも、虫好きは変わらなかった。
虫と話は出来なかったけれど、求める事は何となく理解出来るようになった。
その日も僕は出勤し、業務に入る。
電話の向こうで相手の人が別の社員を呼べと怒鳴っているが、同僚を見ると指でバッテンを作っている。
いないと言わなければならないらしい。
とりあえず電話の相手に謝り続ける。
うるさい。
アオマツムシだってもっと上品だ。
夕方になって、同僚達はちらちら片付け始めている。
「きゃあっ!」
給湯室の方から声がした。
「なにこれ」
「殺虫剤は!?」
虫がいるようだ。
思わず、僕も見に行く。
そこには、ゲジゲジが1匹、もぞもぞと所在なさげに歩いていた。見慣れない子だ。外から紛れたのだろう。
と。
いきなり横から同僚が、殺虫剤を吹きかけた。
「よせ」
思わず僕は、同僚を突き飛ばす。
同僚は何か大きな鳴き声を上げ騒ぎ始める。
僕の周りに他の同僚がたかりはじめる。
気持ち悪い。
突き放そうとしてもまとわりつく。
そうだ。
こんな事もあろうかと。
ポケットからナイフを取り出して切る。
同僚は首の辺りが弱点だ。
内骨格生物の構造は分かりにくいが、外皮が薄く刃物に弱い。
虫の骨格はあんなに継ぎ目が分かり易く美しいのに。
たかっていた同僚は、離れた。
ああ、良かった。
本当、内骨格は分かり難いな。
ここはどうだろう。
違うか。
もっと奥が継ぎ目かな。
この刃じゃ、しっかり内骨格まで届かないや。
ああそうだ、ゲジゲジ。
ゲジゲジを探したが、もう姿はなかった。
無事に逃げる事が出来たようだ。
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