棚に並んだ骨壺を一個一個丁寧にあらため、女性は哀しげに首を振りました。
悲哀を帯びた表情を見詰めていると同情が胸を締め付け、力になりたい一心で申し出ました。
「他に手がかりはありませんか?亡くなった日付とか死因とか何でもいいんです」
「亡くなったのは二日前です。あの子は穴にもぐるのが大好きでした」
「穴?」
「暗くて狭い所が落ち着くと言っていました」
女性が目尻の涙をすくった瞬間、着物の袖がはらりと落ちて素肌が覗きました。銀色の光沢を帯びた鱗がありました。
まさかと思って匂いを嗅ぐと、どこか懐かしい、磯臭い香りが漂ってきました。
潮の香りに包まれた女はさめざめ泣いて、ポツリと呟きました。
「きちんとお弔いをしてあげたい」
俺は一旦炉裏に引っ込み、水死体の灰から出てきた人面魚の骨を見せました。すると女性は泣き崩れ、「そうです、この子です」と言うではありませんか。
「綺麗に焼いてくださって感謝いたします」
「いいえ……」
「ところでバケツをお借りできませんか」
「はい?」
「塩も」
謎の要求を断る勇気もでず、バケツに池の水を汲み、そこに食塩をぶちこみました。
女性は喪服の袖をたくしあげて蹲るや、両手に捧げ持った魚の骨を、ゆっくりと水面に沈めていきます。
骨魚を水にさらしながら女性が口ずさんだのは、不思議な抑揚の民謡でした。
次の瞬間、信じられないことが起きました。バケツの水に浸された魚の骨が息を吹き返し、ぱちゃぱちゃと飛び跳ねたのです。
骨だけになった魚はスイスイと気持ちよさそうに泳ぎ出し、女性が嬉し涙を浮かべました。
「おかえりなさい」
その後女性はバケツを下げ、丁寧にお辞儀をして帰っていきました。
「ご恩は忘れません。必ずお返しします」
素性の知れない女に火葬場の備品を又貸しした俺は当然怒られ、同僚や先輩には夢でも見てたんじゃないかとあきれられました。
この話には後日談があります。
人面魚の火葬から数か月後、釣り好きな友人に誘われて海に出ました。ところが高波に呑まれて転落、金槌で泳げずたちまち溺れてしまいます。
ああ、もうだめだと死を覚悟した刹那、海中でもがき苦しむ俺の視界に飛び込んできたのは骨の魚でした。
後方には海藻のような黒髪をたゆたわせた裸の女がおり、俺にむかって優しく微笑みかけます。女の首元ではパクパクとエラが開閉し、海中で何かを口ずさんでいました。
「ぶはっ!」
美しい文章
良い読み物でした
美しいです