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不思議体験

本宮晃樹さんによる不思議体験にまつわる怖い話の投稿です

放浪する落とし穴
長編 2026/06/09 01:27 4,941view
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「なんで急に出てってまうんや」わたしは泣きながら食らいついていた。「みんなここで暮らしたらええやんか」
「それができへんのや」
 なぜ定住できないのかとしつこく何度も尋ねたが、カズは「坊主に説明してもどうせわからん」の一点張りであった。いまにして思えば当然の話である。おそらく彼らは住民票や移転届などの行政手続きをやっていなかっただろうし、集落の区長に移住のあいさつもしていなかったはずだ。おまけに住んでいるのは廃工場ときている。地域住民との軋轢が生じないほうがおかしい。
「カズたちがおらんようになったら、ぼくはどないしたらええんや」
「……いじめのことか」
 わたしは歯を食いしばってうつむいた。
「ほなら、わしらと一緒に来るか」
 わたしはカズの顔をまじまじと見返した。冗談を言っている様子ではない。30年近く経ったいまでも断言できる。カズは本気だった。その証拠に間髪入れず、こう続けた。
「その代わり二度と故郷には帰ってこれんぞ」

 この誘いがわたしにとって、どれだけ大きな意義を持っていたかわかるだろうか。年上の大人たちから子ども扱いではなく、正式なメンバーとして認められたのだ。

 それは抗いがたい魅力を放つ提案であった。クソ忌々しいかっぺ連の嫌がらせから永久に解放される――。これ以上の幸せをわたしは考えつけなかった。親元から離れるという特大のマイナス面を考慮してもなお、故郷を出奔する選択肢のほうに堂々たる軍配が翻ってしまった。2学期の始まりはわたしにとって、緩慢な死刑に等しかった。
「いますぐ決めんでもええ。今夜12時、わしらは出てく。そのときまでにここに来れば、坊主は〈ディアスポラ〉の正式メンバーや」

     *     *     *

 両親、兄弟ともに寝静まった午前12時、わたしは例の廃工場入り口に忍び足でやってきた。
 蛇腹式の門はきっちり閉められ、新しい――古いものは彼らが破壊していたので――南京錠までかけられていた。平ボディの4トントラックの隙間に3人が、キャビンに2人が便乗し、あとはエンジンをかけるだけのようだ。
 その日は真夏にしては夜気がひんやりと冷たく、真夜中でもお構いなしに浴びせられる蝉時雨がどことなく場違いな様子であった。雲に隠れがちな三日月がときおりあたりを青白く照らし、幻想的な雰囲気を醸成する。
 旅立ちにふさわしい、よい夜だった。

「おう、来たな」と運転席から顔を出したカズが声をかけてきた。「覚悟は決まったんか」
「――ごめん」
 この一言で〈ディアスポラ〉のメンバーはすべてを察してくれた。実際は伝えたいことが山ほどあった。親や兄弟を悲しませたくないこと、みんなのようなサバイバル技術がないこと、小学校も卒業せずに社会でやっていくのは現実的でないこと――。その他無数の理由があった。が、わざわざ伝える必要はなかった。

 2か月と少しの短い付き合いだったが、わたしたちは正真正銘の仲間になっていた。いまでも全員の顔も名前も思い出せる。カズは小さく「それがええ」とつぶやいて、全員にトラックから降りるよう促した。5人と手が痛くなるくらい強く握手を交わした。
〈ディアスポラ〉の誰もが晴れやかな顔をしていた。わたしだけが号泣していた。

「そや、いじめの件やけどな。もう心配せんでもええぞ」
 出発間際、カズはついでのような感じで付け加えた。どういう意味だと問いただしても、「明日学校行けばわかる」と意味深長にぼかすばかりだった。
 走り去っていくトラックから顔を出し、大声でカズは言い残した。
「どっかでまた会おうや!」
 わたしはトラックがカーブした急坂に沿って走り去るのを見つめながら、いつまでも手を振っていた。

     *     *     *

 後日談を少しだけ書いておく。
 翌日奴隷用の鉄球を括りつけられたような足取りで登校してみると、いじめの主犯格であるあっくん、梅君、宗宮君は申し合わせたように3人とも青い顔をしていた。誰もわたしに話しかけようとせず、まったく無視しているのだった。ためしにわたしのほうから声をかけてみると、まるで幽霊に出くわしたかのようにぎゃっと叫んで離れていく。
 どんな手段を講じたのか想像もつかなかったが、カズはかけがえのない贈りものを残してくれたのだった。

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