ある地方の、なんてことのないビジネスホテルで本当にあったお話です。
そのホテルに、一人の若い男がチェックインしました。
仕事での長期滞在のようで、予定は2週間の連泊。
フロントのスタッフは、物静かで礼儀正しい彼の印象をよく覚えていました。
しかし、不可解な行動が始まったのは3日目の朝からです。
彼は毎朝、フロントに鍵を預ける際、必ずこう言いました。
「絶対に、部屋の掃除に入らないでください」
ホテルでは、長期滞在の客であっても、衛生上の理由から3日に1度は必ず清掃に入る決まりになっています。
フロントがその旨を説明すると、男はひどく怯えた顔になり、声を震わせて懇願したそうです。
「お願いです、頼みますから入らないでください。どうしてもと言うなら、ゴミをドアの外に出します。タオルもドアノブに掛けておいてくれればいい。部屋の中には、本当に、一歩も入らないでほしいんです」
あまりの剣幕に、フロントは渋々それを承諾しました。
それからさらに1週間が経ちました。
男の言う通り、ゴミや使用済みのタオルは毎朝ドアの外にきちょうめんに並べられていました。
しかし、さすがに10日も掃除をしないとなると、部屋の衛生状態や、万が一のトラブル(水漏れなど)が懸念されます。
支配人は「今日こそは、ノックして返事がなければ、生存確認を兼ねて中を確認しなさい」と、ベテランの清掃員に命じました。
その日の昼過ぎ。
清掃員が男の部屋の前に行き、何度もドアをノックしました。
「失礼いたします。清掃をさせていただきます」
部屋からは何も音がしません。
息をひそめているような気配すらありません。
清掃員は男が仕事に出かけていると確信し、マスターキーを使って静かにドアを開けました。
一歩足を踏み入れた清掃員は、その異様な光景に息を呑みました。
部屋の中は、信じられないほど綺麗だったのです。
10日間も人が暮らしていたとは思えないほど、埃ひとつ落ちていません。
ベッドのシーツにはシワ一つなく、机の上も、水回りも、まるでチェックイン直後のようにピカピカに磨き上げられていました。
「なんだ、すごく綺麗に使ってくれているじゃない」
清掃員はホッと胸をなでおろし、部屋の奥へと進みました。
しかし、その綺麗さの理由に気づいた瞬間、背筋に冷たいものが走りました。
男の私物が、何ひとつ無いのです。
鞄も、着替えも、洗面所の歯ブラシさえも、どこにも見当たりません。
























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