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呪い・祟り

本宮晃樹さんによる呪い・祟りにまつわる怖い話の投稿です

彼らはなにゆえに飛ぶのか
長編 2026/03/04 14:15 50view

 ミラノ五輪が終わっちゃって、ウィンタースポーツファンの俺としては寂しい限りなんだけどさ。

 今回誰だったか忘れたけど、競技中に骨折ったままエアをこなした選手がいたよな(本筋には関係ないけど、どういう痛覚神経してるんだろうね?)。あれを見てて嫌な記憶が蘇ったもんだから、聞いてってほしい。

     *     *     *

 俺は20代前半のころ、陰キャのくせにボードをやってたわけさ。1シーズンに20回は行くような、正真正銘のボード気違いだったのね。弟も俺に感化されてよく一緒に滑りに行ってた。始めたのは俺のほうが先だったのに、あっという間に追い抜かれたのにはさすがに閉口したけどね。

 もう13年くらい前になるかな。岐阜県の郡上エリアにある某スキー場で、その日も懲りずに俺たち兄弟はキッカーに入ってた。パークに置いてあるキッカーも飛ぶし、飛べそうな地形を利用するインフォーマル・キッカーももちろんやる。
 ただその日はコンディションが悪かった。雪がしばらく降ってなかったから、表層が融けてカチカチに凍った根雪が露出してたのね。陽の当たりにくい場所はどこもかしこもアイスバーンになってて、考えなしに飛べる感じじゃなかった。

 ケガにビビった俺たちは飛ぶのを諦めて、雪の緩む午後まで自粛することにした。でもやっぱりパークには入ってたかったから、賑やかしを担当したわけさ。キッカーの横に立って、うまくエアをこなしたボーダーに声援を送るってやつね。
 当時の俺たちも十分気が違ってる部類だったとは思うけど、上には上がいるもんで、こんなカチコチの悪条件でもキッカーに入る猛者はいる。そういう連中は①絶大な自信がある、②自分の実力を把握できてない、のどちらかなわけさ。九分九厘は①なんだけど、ごくわずかに②が混じってることがある。

 賑やかしを始めて1時間くらい経ったころかな。俺たちはテーブルが10メートルもあるビッグ・キッカーでヒューヒュー囃してたんだけど、さすがにこのサイズに入ってくるボーダーはうまくてさ、みんなキレイに360とかノーズ・グラブとかをサラッとキメてくのね。
 で、そんな中どう見ても不慣れそうな奴がスタート位置に立ってるわけよ。ハットにサングラス、上はパーカーっていう典型的なグラトリファッションだった。たぶんグラウンドで回転系トリックを極めたと勘違いして、それをそのままキッカーで使えると早とちりしたんだろうね。

 俺たちは賑やかしついでに信号係も兼ねてたから、挑戦者のほうへ向かって両手で〇印を掲げてやった。腕を組んで待ってた彼がボードを90度ずらして滑走に入る。ノンストップでぐんぐん加速してくる。おいおい大丈夫か、速すぎねえか?
 彼はそのまま途中でブレーキもかけないまま、キッカーに突っ込んでっちゃった。で、ご自慢の回転テクをご披露あそばすつもりだったんだろうね、ボードを右にずらしながら回そうとしたみたい。でもスピードが出すぎてたもんで腰がひけててさ、中途半端に板だけ先に回り始めてて、身体のほうが回転に置いてかれるかっこうになってた。

 キッカーに姿勢が崩れたまま入ると、空中に放り出されたあとはもう姿勢をコントロールできないだろ。そういうときはリアルに走馬灯がグルグル回りだすんだよ。だって足以外の着地に適してない部分――腰とか顔とか尻とか――で接地するのが空中で確定してるんだぜ。そりゃ走馬灯の1つや2つ、回り始めるわな。
 彼は宙に浮いた時点で思い切り体勢を崩してて、腰がくの字に曲がったまま放り出されてた。走馬灯は光速に近いスピードで回ってたんじゃないかな。

 で、そのまま腰からコンクリート並みに硬いアイスバーンに激突。気のせいかもしれないけどなんかこう、「グシャッ」っていう骨の砕ける嫌な音が鳴り響いたような気がした。
 横で一部始終を見てた俺たち兄弟はあまりの惨事に腰が引けちゃって、数秒間ボケっと突っ立ってた。ハッと我に返って、2人ともすぐに動いた。弟は次の挑戦者が飛んでこないよう腕を交差させて×印を作って、ボードをキッカーの入り口に立てにいった。

 俺はもちろん救護。救護って言っても素人にできることは限られてるから、グッタリ倒れてるボーダーの横で「大丈夫ですかっ!」って声かけするくらいなんだけど。ホントにひどい事故でね、落下の衝撃でハットとサングラスは吹き飛んでて、顔が露出してた。
 彼は両手両足をバタバタ動かしてて、必死に立ち上がろうとしてるみたいだった。――と思ったけどどうも違う。格闘技の試合でハイキックがクリーンヒットすると、失神K.O.で糸が切れたようにダウンするだろ。K.O.された選手はときどき、不規則に手足を動かしたり足がピンと伸びたまま痙攣したりするのね。ちょうどあんな感じだった。自分の意思じゃなくて、脳だか脊髄だかの指令が混乱してたんだろう。

 それだけでも小便チビりそうなくらい怖いのに、もっとおっかなかったのが目。黒目がメチャクチャにグルグル動き回ってるのよ。焦点なんか全然定まってなくて、白目の中にハエが飛び込んでもがいてるみたいだった。思わず「げっ」て変な声が出て、尻もちついちまったな。
 あとはスキー場スタッフの仕事。スノーモービルとソリがやってきて、ボーダーは運ばれてったよ。そのあいだもずっと意味の通らないうわ言をつぶやいてて、とても見てられなかった。

 その後彼がどうなったかは知らない。見ず知らずの他人だからね。下半身不随とかになってなけりゃいいけど、こればっかりは知りようがないし、正直なところ知りたいとも思わなかったな。

     *     *     *

 話はオリンピックに戻るんだけどさ。

 ビッグエアとかハーフパイプって、失敗したときのリスクがムチャクチャでかいよな。ハーフパイプの壁の高さ知ってる? 22フィート≒6.7メートルもあるんだぜ? オリンピック級の選手なら、そこからさらに5メートル以上は飛んでるからね。エアの最高点からパイプの底まで、合計で12メートルはある計算になる。
 一般的なビルのフロア高がだいたい3メートルくらいだから、選手たちには下手したら、ビルの4階から落っこちるくらいのリスクがあるのね。俺なんて2階くらいの高さでも足が震えてくるってのにな。

 オリンピックとかXゲームに出るような選手はもちろん、最高レベルの技術を持ってるわけだよな。凡人の勝手な想像だけど、あのレベルに達するまでに大小の差異はあれども、みんな故障を経験してると思うんだよね。生まれてこのかた、1回もジャンプを失敗してない選手なんているはずないんだから。

 いったいどれだけの人間が、故障を理由に夢を諦めたんだろう? いったいどれだけの人間が、練習中の事故であの世へ旅立ったんだろう? 骨折くらいなら誰でも経験はあるだろうけど(俺もキッカーの着地失敗で左手首を折ったことあるしね)、雪の状態とか高さとかの条件次第で一生もののダメージもありうるのがウィンタースポーツの怖いところなんだよな。
 俺らみたいなナンチャッテボーダーじゃない、本気で実績を残そうと奮闘するガチ勢はケガにビビってる暇なんてないはず。どんどんリスクをとって高難度のトリックをものにしなきゃなんない。でも誰もが才能に恵まれてるわけじゃないし、なかには運が悪い人もいる。ちょうど俺たちが目撃した、腰からアイスバーンに落ちたボーダーみたいにさ……。

 ミラノオリンピックで鮮やかに選手たちが飛んでるのはホントにカッコよかったよ。でも俺はそんな彼らの姿に、下半身不随とか脳機能障害とか――ことによると死んだとか――で出場を断念せざるを得なかった候補者たちの無念さがごちゃ混ぜになって、まとわりついてるような気がしたのね。
 オリンピック出場選手たちは好むと好まざるとに関わらず、幾多の亡霊を背負って飛んでるのかもしれない。そう意識してみると、彼らのジャンプがなんとなく重そうに見えてこないかな? それはトッププレイヤーにかけられた呪いだと言ってもいい。

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