ついこないだ、ミラノ五輪のビッグエアやってたの見てさ、ちょっと昔のこと思い出したんだよ。暇だったら見てってくれ。
俺は40歳のおっさんなんだけど、20代前半はシーズン中20回はゲレンデに入り浸ってるような、イケイケのスノーボーダーだったわけ。まあ陰キャがモテたくてやってただけだから、男連だけで行くかぼっちで行くかの2択だったけどね。
陰キャ連合の代表選手みたいな俺も練習量だけは桁外れだったんで、そこそこ上達はしてさ、そのうちパークに入り始めたわけさ。キッカーのほうに適性があったみたいで(ジブはまるでダメだった、どうでもいいけど)、毎度懲りもせず狂ったようにピョンピョン飛んでた。
そのうちディガーにあつらえられたキッカーを飛ぶだけじゃ満足できなくなってきて、コース上の飛べそうな地形を見つけてはウサギよろしく跳ね回ってたわけさ。俺は弟と一緒に滑りに行くことが多かったんだけど、奴はホント、地形で飛ぶことにかけてはちょっとしたもんだった。
パーク内のキッカーならディガーが整備してくれるけど、自然キッカー――俺たちは地形利用のジャンプ台をこう呼んでた――は気温とか天気でどんどん崩れてくだろ、そういうコンディションの悪いトコで飛べれば本番もうまくいくやろ、の精神だったのね。
* * *
で、15年くらい前のカラッと晴れた2月上旬、俺たち兄弟は飽きもせずに岐阜県の郡上エリアにやってきた。郡上はゲレンデ天国みたいな場所で、ダイナランドとか鷲ヶ岳とか、マンモス級のスキー場がいっぱいあってね。岐阜住まいの俺たちにとってはよりどりみどりなわけさ。
その日どこのゲレンデに行ったかまでは勘弁してくれ。覚えてるけど営業妨害になるかもしれないから明言はしないことにする。
早速俺たちは自然キッカーを探してみた。そしたらあるわあるわ、最高点の標高1,600メートルあたりから下まで滑り降りるあいだに、軽く10か所以上はメイクポイントがあったのね。パークはオープンまで時間がかかるから、まずは地形で腕慣らしってことで、俺たちはギアを上げて飛び始めた。
何本かメランコリー・グラブとかスイッチイン・180なんかをキメつつ、今日は調子ええなあなんて浮かれ始めたところで、いい感じにトランジションが反ってる自然キッカーがあったわけさ。エア好き垂涎の立派な代物でね、こりゃもう飛ばずにはおれんってことで、先に弟がチャレンジした。
正直に白状する。いまでも奴が先に行ってくれてよかったと思ってる。
弟はアプローチからフルスロットルで突っ込んでった。その日は新雪が積もったばっかでどこもフカフカだったから、派手ゴケしてもケガの心配はなかったのね。それが結果的に仇になった。
奴はリップを抜ける少し手前からボードを右にずらし始めて、フロントサイド・360をメイクしようとしたっぽい。空中で奴の身体がくるっと1回転してさ――。
そのまま谷に落ちてった。
たまたまボードを下にして着地できたのが幸いして(キッカーで回転系トリックをメイクしたことある人ならわかるだろうけど、これ奇跡だからね)、弟は肋骨を2本ばかり折るだけですんだ。落差8メートルでだよ? 俺、奴が落ちてくの見たとき、「あ、あいつ死んだな」って思ったからね。
で、これのなにが怖いかって話だよな? ただ単にオマエの弟が自爆してケガしただけやん? まあその通りなんだけどさ、なにがヤバいって弟が飛んだのは自然キッカーだってことなんだよ。誰も整備してない、地形を利用したジャンプ台のはずなんだ。
いまでも覚えてるけど、弟が飛ぶ直前、キッカーはまるで使ってくださいと言わんばかりの理想的な状態だった。これってさ、誰かが台を作ったとしか思えないんだよね。他のプレイヤーが先に何本か飛んでると、アプローチにシュプールが刻まれてそれっぽくなることはあるけど、あのキッカーの着地点は谷底だったんだから、先に飛んだ奴がいるはずないよな。
消去法で考えれば、答えはおのずから明らかなわけだ。
飛んだが最後、高確率でそのまま天国へ旅立つようなキッカーを誰が、何のために作ったんだろう? ボーダーの中にはマナーのなってない輩は確かにいるよ。コースの真ん中に陣取って雪合戦やってたり、周りの迷惑考えずにガンガングラトリかましたり。同じボーダーの俺でも「こいつら死なねえかな」って思うんだから、スキーヤーからしたらもう害虫以外の何者でもないんじゃないかね。
犯人がスキーヤーだって言いたいんじゃないよ。俺が言いたいのは、どこで人の恨みを買ってるかなんて全然わからんってこと。
でもさ、たとえ俺たちみたいなムカつく若造を消したいにしても、誰が引っかかるかわからない死の罠をコース上に仕掛けるなんて、ちょっと常軌を逸してないかな? 品行方正なスキーヤーだってジャンプに挑戦する人はいるし、幼い子どもだって飛ぶだろうよ。そういうことを犯人は考えなかったんかね?
レスキュー隊の人たちに協力してもらいながら、谷底から弟を引っ張り上げてるときに俺、なにげなく例のキッカーを見上げてみたんだよ。そしたらスキーヤーらしき人影がそのあたりにじっと止まってるわけ。
これは絶対に気のせいだったと思うんだけど、その影の目と口の部分がさ……なんていうか、いきなりカッと開いたんだよ。目は三日月の弧が上になったような形で、口は半月型に耳まで裂けるくらいに大きくね。
あの影は――確かに笑ってた。
うまく表現できないんだけど、アレは犯人じゃない気がする。行ったことある人ならわかると思うけど、スキー場ってそこかしこにストレス源が散らばってるだろ。リフト待ち行列とか、最低限のマナーも知らないボーダー連中とか、バートンで固めたイキッた初心者とか、説教臭い自称ベテランスキーおじさんとか。
そういうゲレンデに充満する負の感情が凝り固まってできた、凝縮した人間の悪意――。そんなふうに思ったんだよね。バカみたいに聞こえるだろうけど、そのときの俺の正直な感想。
* * *
この話には後日談があってね。
すっかり弟のケガも治った翌年、俺たちはホントにもうアホかと思うだろうけど、また懲りずに滑りに行ってた。今度は郡上の別のスキー場ね。
その日も例によって自然キッカー探索をやったあとに、豊作だってんで俺たちは上機嫌で片っ端から飛んでった。

























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