取引先の方に話していただいた内容を載せさせていただきます。
私が七歳の時。飛行船に乗せてもらったことがあるんですよ。大きくて真っ白な飛行船。くじらのお腹みたいだ、なんて思いました。中も広くて、映画でしか見ないような赤絨毯、金色で煌びやかに装飾されたシャンデリア、白いシーツの敷かれたテーブルの上で照ったご馳走。とにかくワクワクして。きっと天国というものがあるのならこんな感じだろうな、なんて思いました。
ただ、やっぱり人が多いんでね。私は母とはぐれてしまったんです。いつもなら私がふらっとどこかに行こうとすると母は止めてくれたんですが、庶民には似つかわしくないような飛行船の空気に緊張していたんでしょう。私はすぐに迷子になってしまいました。
先程まで楽園のように感じていた会場は、一気に輝きを失いました。着飾った人々はこちらに目をくれず、ただただ笑っているだけですし、テーブルの上のご馳走には手が届きません。本当はこのまま家に帰れなくなったらどうしようと不安でしょうがないのですが、7歳にもなると人前で泣くのは恥ずかしくって。その場で何事もないように振る舞っていました。
そんな時、一人の女性が声をかけてくれたんです。30代ほどで、ふくらはぎの中間ほどの丈のレースの入った黒いドレスをきていたと思います。
「こっち、こっち。」
私は彼女のことを知りません。ですが子供からすれば、大人は自分のことを守ってくれるものですから。ああ、よかった、母の元に行けるぞと。安心して。彼女は私の手を引いて、どこかに連れて向かって歩いて行きました。ただ、母の元に行くのではなく彼女は会場を後にして。あ、迷子センターに行くのかな、なんて思ったんですが。それにしては、通っている通路がおかしいと思って。
なんていうんですかね、ナットが剥き出しで、階段の間に隙間があるような。非常階段のような、そんな感じです。お客さんが通常使うような通路ではなかったと思います。
その階段は段差が大人用になっている上に、コストの削減なのか、軽量化なのかは知りませんが、足の踏み場と、それを支える支柱以外はついていなくて。子供の背丈なら、足を滑らしたら落ちてしまいそうで頼りないんですよ。
それで私が怖がっていたら、女性が手を繋いでくれまして。
それで、ああいう階段は火災の時に逃げられるようにとか、何かあったときでも安心できるように、金属製じゃないですか。だから歩くたびに、こん、こん、こん、と靴の音がなるんです。でも、その女の人からはそういった音がしなくて。
足を見るとね、裸足なんですよ。
え、なんで?と思って、女の人の顔を見上げたら、どろどろとした、ボンドのような液体が身体中にかかっていて。その時に気づいたんですが、繋いでる手もその液体がまとわりついてベタベタしていて。
ゾッとしましたね。これからどこに連れてかれるか、わかったもんじゃないぞと。
「あの、もう大丈夫、1人で大丈夫。」
そういうこと言ったら、まあこういう怖い話なんかじゃ、化け物に変わってさらに手を引いたりすると思うんですが、そういうことはなく。
「あっそう。」
それだけ言って手を離してくれました。
早く逃げないと。そう思い、きた道を早足で戻りました。そしたら後ろの方から声がするんです。
「ざんねーん」
あの女の声です。
振り返ると、女が手を振っていました。
「ざんねーん」
抑揚がなく、録音した音声が繰り返されるような。そういう声で。
女はこちらを馬鹿にしたような、ニタニタとした笑みを浮かべながら。
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