情報提供者: 章博さん
僕の住んでいる区域では地域猫という制度がありまして。最近だと広告も出てたらしいので既に知っているかもしれませんが、地域猫というのは地域住民で共同管理する野良猫みたいなものです。ただね、そのせいで僕、猫が好きじゃなくなったんです。
うちの地域に住み着いてた地域猫は五匹です。一匹目は白猫のキャサリン。二匹目は黒猫のウニ。三匹目はハチワレの若狭丸。四匹目が茶トラの虎徹。そして五匹目、キジトラのジローです。
うちの地域では猫が一番懐いた人がその猫に名前をつけられる暗黙の了解でしたから、結構猫によって名前のテイストが違うんです。ジローは僕が名付けました。ジローは僕によく懐いてくれましたから。
毎朝カーテンを開けるとね、ジローが庭でにゃあにゃあ鳴くんですよ。それで玄関の横に置いてある大容量のカリカリをあげるんです。
ジローはよく食べるんですよ。そこまで若い猫ではないのですが、食い意地が張っているといいますか。本当は飼いたいくらいだったのですが、妻が猫アレルギーで。餌をあげて癒されるのが限度だったわけです。ですがね、ジローに餌をあげている時は野良猫だったんですよ。だから特に去勢とか健診とかしてなくて。
ある日、いつものようにジローに餌をあげてたら、僕の餌やりが問題になっているって町内会の人に言われてしまいまして。そこで地域猫について知ったんです。こりゃあいいぞと。すぐにジローを連れて病院に行きました。
体に異常もなく、去勢手術も何事もなく終わりました。暴れに暴れるので麻酔を打つのが大変だったと先生から聞かされましたよ。で、やっぱり手術って痛いじゃないですか。痛い思いをした場所に猫ちゃんを置いていくのはすごいストレスになる。誰か家に置いてあげてくれ。と先生が。預かりました。ええ、妻は友人とベトナム旅行に行ったのでその時不在だったんですよ。
それで、夜。ジローをケージから出してあげて。何十年も過ごした家ですが、その日は景色が違って見えましたよ。
まだ手術後で痛いのか、ジローは大人しく私の顔を見つめるだけで。
特にやることもないし、ジローにもゆっくり休んでほしいですからさっさと寝ることにしたんです。地域猫の証に耳が欠けたジローを撫で、床につきました。
深夜、何かの物音で目が覚めました。僕は眠りが深い方ですが、年ですから。猫は夜行性ですから、ジローが暴れているのかなと思い、起き上がりました。
不思議なことに、寝室のドアが開いているんですよ。いつもは閉じているんですが、浮かれすぎて閉めるのを忘れたのかな、などと思いつつ、物音のした階下に行きました。
音の原因はジローではありませんでした。キッチンに人がいるんです。妻ではありません。冷蔵庫をね、こう、ガサガサ漁っているんです。冷蔵庫の光に照らされているのは、中年の男性でした。裸です。あっけにとられていると、その男性が話しかけてきたんですよ。
「なあ。ひでえじゃねえかよお。」
「俺、もうこんなんなっちまってよお。」
「親父ぃ、なあ。」
確かに、独り言だったかもしれません。でも、こっちを見ているんですよ。それはもうすごい顔で。睨みつけるように。
気がついたら朝でした。どうやら失神していたらしくて。それから、ジローが見つからなくって。もしかしたらあの男に連れて行かれてしまったのかもしれない。すぐに警察に通報して、事情を話しました。それで、警察の人にね。その男の特徴を教えてくださいますかと。
あの男の顔を思い返して、一つ思い出したんです。男の耳が、欠けていたなあと。
それで、家で警察の皆様が現場調査をしてくださったのですが。猫の毛しか、現場に残っていなかったそうです。
(終)
妻「おい!ひでえじゃねえかよお!猫のせいでアレルギーが出ちまったよお!」