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不思議体験

ねこきちさんによる不思議体験にまつわる怖い話の投稿です

第二電算センター
長編 2024/10/01 15:43 3,676view
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何故?と思うことばかりだったが、私は素直にこれらの掟に従った。
我々はパソコンやインターネット、スマートフォンが動く仕組みを知らなくても、それらを使うことはできる。
顧客はプログラマーたちが何年もかけて機能を追加・修正した結果、複雑に絡み合ってソースコードが見るに堪えない状態となったパッケージソフトを使うことができる。
これも同じことだ。仕組みや理由なんて知る必要はなく、決められた手順に従って動けばこれまで以上の月料が支払われる。
第二電算センターでの仕事は私にとって天職だった。
時折正面の暗闇に視線を向ける以外、私はただ本でも読んでいればいいのだ。当初は室内の監視カメラを気にして注意深く2つの緑色に光るランプを睨み続けていたが、3日もすると私は少しずつ手を抜き始め、1週間後には大胆にもパイプ椅子の上で足を組んで文庫本を読むようになっていた。ただし、1行読むごとに顔を上げてランプの色が変わっていないことを確認することは忘れなかったが。ちなみにランプが緑から黄に変わるのは平均して2か月に1度ほどの頻度だった。

二交代制の業務は私を含め四人のメンバーで回された。私が配属されて半年程経って、Aさん(私に業務内容を教えてくれた初老の職員だ)が辞めて、新たに後輩のI君が配属された。
彼とは引継ぎを通してすぐに打ち解け、非番の日には二人で飲みに行く仲になった。
彼はこの業界で転職するのに有利な幾つかの資格を持ち、IT技術の知識も豊富な優秀な社員だった。人間性にも問題はなく、退屈で生産性もない第二電算センターに配属されたのが不思議な程だった。
それでいて彼はセンターでの業務に対してかなりの興味を持っているようだった。一度居酒屋で、我々の就いている業務についての見解を聞いたことがある。

彼は第二専用ルームの闇の中にあるのは大手金融機関の勘定系システムを稼働させるメインフレームだと推察していた。
大手銀行の統合がまだ記憶に新しかった頃、多くの企業の基幹システムがオープン化していっても、金融機関だけはメインフレームを脱却できないと言われていた(これは現在も半分は間違っていない)。
複雑化したシステムを下手に更改すればどんなシステム障害が発生するかわからない。そのため殆ど廃屋と化したこの電算センターから動かすことができないのだろうと。
我が社は最小限の投資で最大限の利益を生むために、電気代や設備費をケチって僅かな社員にそのメインフレームを監視させているのだろうと。
なるほど、彼の推理はなかなか筋が通っていて正しいように思えた。一方で、かなり的外れな想像にも思えた。如何に我々の上層部や役員たちが吝嗇家だったとて、そんなリスクのある保守体制を取るだろうか。
そもそも自動監視ツールを使えばいいだけのことではないか。我々に悪くない給与を支払ってまでたった2つのパトライトを目視するだけの仕事を我々にさせる理由にはなっていないと思った。
正直なところ、業務の正体は私にとってそれはどうでもよいことだった。I君のアイデアに相槌を打ちつつ、私は次の出勤時に持ち込む本のことを考えていた。

I君が配属されてから1年程経ったある日、夜中に彼から1通のメールが送られてきた。件名も本文もなく、1枚の画像データが添付されている。
添付されていたのは塗りつぶしたような暗闇の中に、二つの赤い光が並んでいる画像だった。
私は言いようのない不安に襲われた。まず、今I君は夜勤中のはずだ。携帯電話持ち込み禁止の職場からメールを送ったことになる。

そして、この二つの赤い光はなんだ?勿論それが普段我々が監視し続けているランプなのであろうことは察しが付いた。だが、色が重要だ。緑や黄色ではなく、赤というのは見たことがない。
もしや、今第二電算センターでは何かかつてないトラブルが発生しているのではないか?
しかしそれなら社内のグループアドレス宛に、障害通知の連絡が来ているはずではないか?社用携帯電話に着信があってもおかしくないのではないか?
悠長に私にメールを送る前に保安センターへ連絡をしていると思いたいが、あのI君が想定外の自体を前にパニックを起こしているのだろうか?
取り留めのない考えが脳裏を去来したが、結論から言うと私は何のリアクションも取らなかった。色々と言い訳はできるが、結局は面倒ごとに巻き込まれたくなかったということだ。そしてそれは正しい選択だったのだろう。
結果的に、翌日以降も第二電算センターはいつものように稼働しており、会社も社員も特に何もなかったように機能していた。ただ一つ変わったことと言えば、I君が我々の前から姿を消したということだけだ。

あのメールの受信後、彼とは一切の連絡が取れていない。メールのあった日以降彼は欠勤しており、センター長も他の社員も連絡が取れないという。
I君の失踪は数日の間関係者の間で話題になったが、元々関係者の少ない職場では憶測も噂も広がりようがなく、1週間もすると第二電算センターは何事もなかったように――I君など初めからいなかったかのように淡々と業務が執り行われた。
I君のシフトの穴はセンター長が埋めた。

2020年、何の前触れもなく第二電算センターは半世紀に渡る役目を終えることとなった。決定の半年前に私はセンター長に就任したのだが、その肩書に何の権限もないことも理解していた。上層部の指示で起案された幾つかの稟議を承認するだけで、瞬く間に第二電算センターの閉鎖と解体は決定した。
センターからの物品搬出当日、業者の求めに応じて私は初めて第二専用ルームの照明をつけた。

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コメント(3)
  • 応援してます。

    2024/10/03/11:40
  • ある時から何かを閉じ込めて監視するための施設になっていたんだろうか
    その何かが無くなったから施設を解体することになったのか、解体したから何かは外に出てしまったのか…
    不思議で不気味な話

    2024/10/05/19:13
  • 怖いです。

    2024/10/07/16:11

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