全部見てたから

友人から聞いた話です。
友人は幼少期に事故で両親を亡くしました。他に親戚のいなかった友人は、4歳上の姉と共に叔母さんに引き取られて、三人で暮らし始めました。
叔母さんは独身でしたが、突然二人の子供の保護者という立場になってしまいました。それにも関わらず、父母を亡くした友人姉弟を慈しみ、大切に育ててくれたそうです。

叔母さんは日中は働き、帰宅後や休日は子供の相手をするという、自分のための時間は無いのか？という生活を10年以上続けたそうです。友人も姉もそんな叔母さんを心から慕い、成長してからは三十代を丸々仕事と子育てに費やした叔母に、申し訳ないと思うようになりました。
しかし叔母さんは姉弟に対して恨み言のひとつも言うことはありませんでした。
高校生になった姉が、もう自分たちだけで生きていけるから、これからは叔母さん自身のために生きてほしいと告げたことがありました。そんな姉に対し叔母さんは笑いながら、せめてあなたたちが社会人になるまで、近くで見届けさせてと言ったそうです。

姉弟が叔母さんに引き取られて15年後の秋、叔母さんは亡くなりました。癌でした。
癌が発覚した時点で転移が始まっており、進行も早く手遅れだったそうです。
ただちに入院となり、姉弟は交代で叔母の世話と見舞いをしました。そんな姉弟に対して叔母さんは涙を流しながら感謝の言葉を伝えました。姉弟も泣きながら、感謝するのは自分たちの方だ、こんなことじゃこれまでの恩返しにならないから、早く元気になってねと叔母さんを励ましました。

叔母さんの入院からひとつき後、友人の携帯に病院から連絡が入りました。叔母さんの意識がなくなったとのことでした。友人は事情を伝えてバイトを切り上げて病院に向かいました。姉からも、職場から病院に向かっていると連絡がきました。
友人が病院に到着したとき、叔母は土気色の顔色をしてベッドに横たわっていました。主治医から、まだ存命だが今日が山だろうということを伝えられました。

友人は叔母の冷たい手を握り、もうすぐ姉ちゃんも来るから待っててくれ、死なないでくれと叔母さんに訴えましたが、反応は全くありませんでした。
やがて病室に姉が入ってきました。
姉は既にメイクが崩れるほど泣きじゃくっており、叔母を見るなり駆け寄って、弟と共に叔母の手を取りました。
「おばちゃん、遅くなってごめんね。おばちゃんのこと大好きだよ」
姉は嗚咽しながらそう繰り返したそうです。
すると突然、姉弟の持つ叔母の手が、二人の手を握り返したのです。
姉弟が驚いて叔母さんの顔を見ると、今まで目を瞑っていた叔母さんは大きく目を見開き、こちらをじっと見つめていました。看護師も医者も、誰もが驚き、立ち尽くしてしまいました。
静寂の中、叔母さんが幽かな声で言いました。
「私、知ってるから。全部見てたから。」
そしてそう言い終わると、再び目を閉じました。
あまりのことに、しばらくの間看護師すら呆気にとられていました。

叔母さんはその夜亡くなりました。

それから10年以上が経ちました。
友人は結婚し子供にも恵まれましたが、お姉さんは三十代半ばの今も未婚だそうです。
このご時世、珍しいことではないのでは？と言うと、友人は少し間を空けてから、再び話し始めました。
姉は叔母さんが亡くなってから何人かの男性と付き合ったそうですが、結婚の話が上がる度に振られてしまうそうです。
何人目かの彼氏は友人も仲良くなったため、姉が振られたとき友人は思い切って理由を尋ねました。
男性は始めは言葉を濁していましたが、やがて重い口を開きました。

君のお姉さんの近くで眠ると、必ず見る夢がある。
夢の中には中年の女性が出てきて、こう言うんだ。
「この女は泥棒だ。人の金を盗んでおいて、知らん顔してる女だ。私はこいつのせいで人生が滅茶苦茶になった。お前もそうなりたいのか」と。
一回だけならまだしも、毎回お姉さんの家に泊まるとこんな夢にうなされるのだと。