認知症の親父と過ごした最後の日々
投稿者:ねこじろう (147)
というのは「幸子」というのは、いなくなったお袋の名前で、親父の口からお袋の名前を聞いたのは本当に久しぶりだったからだ
俺は言い返したい気持ちをぐっと押さえながら、
「分かった。
でも俺は聞いてなかったから、少し時間かかるかも」と言うと、親父は「ああ、そうだったな。でもこいつも長旅で疲れているはずだから、出来るだけ早くしてやれよ。なあ幸子」と言って誰もいない正面を見てさも嬉しそうに笑った。
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その日を境に、親父の行動に変化が現れる。
それまでなら日がな1日家の中でゴロゴロしていたのが、室内の誰もいないあちこちの空間に向かって話しかけるようになる。
その話の内容をそれとなく聞いてみると、どうやら相手はお袋のようで、「あの時はいろいろすまなかった」とか「もうお前には苦労かけんからな」などと神妙な顔で語りかけていた。
晩御飯の時も、まるで自分の正面にお袋が座っているかのように親しげに話しかけていた。
また夜寝る時も、自分の寝ている布団の横にもう一つ布団を敷いてから寝るようになった。
そんな親父の奇妙な行動はしばらく続いたのだが、3ヶ月くらいが経った8月の御盆の時候の頃に何故だかピタリと止まった。
それまであんなに毎日甲斐甲斐しくお袋をもてなすような行為をしていたのが、以前のような単調な生気のない生活に戻ってしまったのだ。
いやむしろ以前に増して暗く塞ぎこむようになり、仏間奥の縁側に腰掛け、日がな1日庭をじっと眺めていた。
ある日の夕暮れ時に俺は、縁側に肩を落として座る親父の隣に並ぶと、それとなくお袋のことを聞いてみた。
すると親父は遠くを見るような目で庭を眺めながら、
「分からん。いつの間にか帰ってしまった」と言う。
「帰ったって、どこに?」
俺が尋ねると、親父は黙って悲しそうに下を向いた。
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それから数日後の朝御飯時のこと。
親父を見た俺はおかしなことに気付く。
いつも着ている黒のジャージが泥だらけなのだ。
外なんかに出ることはないというのに。
俺はすぐに替えのジャージを持ってきて、着替えさせた。
だがその翌日の朝御飯の時も泥だらけだった。
よく見ると手足も爪まで真っ黒だ。
俺は親父に理由を問うてみたが、うつ向いて答えない。
まさか夜中に徘徊してるのでは?
などと心配になった俺は、その日親父と一緒に寝ることにした。
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貴方が親殺しの大罪を犯す前に、お母様がお父様を迎えに来て、最終的に貴方を護ったのでしょうね。
変わり果てたお母様を目の当たりにしたご心痛はいかばかりかと、言葉が詰まります
こういうのが読みたかった
なぜだろう?涙がこぼれてきた。
すごく心に響きました。
⬆️皆様、暖かいコメントありがとうございます!
─ねこじろうより
母親はあの世からでも自分の子供を守るのですね。
何だか、実家の母に会いたくなりました。
コメントありがとうございます。
母の愛は深いですよね。
─ねこじろう
心にくる話ですね
良いものを読ませていただきました
ありがとうございます。
─ねこじろうより
とてつもない名作。
ありがとうございます。
ねこじろう
ここ最近で一番面白かった
ありがとうございます。
─ねこじろう
母の愛っていいものですよね
それにとてもいい名作
母の愛は海よりも深い、という言葉を思いだしました。
母の愛という観点から読んでいただいた方が意外とおられて、驚いております。
─ねこじろう
名作中の名作。この作品を越えるものは?
ヒトコワで心霊怖くて、そして温かい。これは名作!