その先輩曰く、日が暮れる時間まで美術室で作業をしていると時折『音』がするのだと。
「何の音?」
「わからない。ただ、その音が聞こえたらすぐに部室から出ろって」
「何の音かわからなければ、対処は難しくないか…?」
「まあ俺もそう思ったんだけど、今まで散々空ぶった後の唯一のソレっぽい話だったからさ」
友人は放課後に美術室に向かった。当時美術部員だったクラスの友達と、彼と親しかった後輩を連れて。
顧問から預かった鍵で部室の扉を開けた。入った瞬間、充満していた画材の独特な
匂いが鼻腔を擽った。酸化を防ぐようにキャンバスにかけられた布を捲ると、部員が手がけている途中の作品が見えた。友人曰く、黒から紫、白へのコントラストが鮮やかな朝焼けの空の絵だった。
「しばらくは他のヤツらの作品とか見せてもらって、軽く鑑賞会みたいになってた。友達や後輩の作品も見て、後輩の作品なんか独特な世界観してんなってちょっと感心して、そんなことを3人で話してる時だった」
後輩がふと辺りに視線を巡らせるように見渡した。
何?どうした?
…いや、なんか、さっき…音しませんでした?
音?どんな?
どんな…なんでしょう、ミシミシというかギシギシというか…
「後輩の目線を追うみたいに俺と友達も周囲を見たんだけど、俺には何も聞こえなくて…でも友達は『あー確かに何か聞こえる』って」
ね?聞こえるでしょう?
何?マジで?どんな音?
何かねぇ、縄が ぁ
「そこまで言って、友達、いきなり倒れたんだ」
「倒れた…?」
「うん。その場にバタン!って結構勢いよく」
友人と後輩はあまりに突然のことに驚きつつも倒れた友達の元に駆け寄った。首を掻きむしりながらもがくように苦しむ友達の顔色は真っ赤で、目には涙が浮かんでいた。
緊急事態。とりあえず先生を呼ぼうと立ち上がろうとした友人を後輩が呼び止める。振り向くと、後輩は天井の一点を目を見開き凝視していた。
震える手で虚空を指差した後輩は、同様に震える声で続ける。
先輩…あそこ、天井から、縄が
縄?
揺れてる…先が輪っかになった縄が揺れてる…!!
その瞬間、友人の耳には確かに縄が軋む音が届いた。
「俺には、天井から吊るされた縄なんて見えてなかった。でも何となく全部繋がった気がした。今友達が苦しんでるのはこの縄が原因だと、すんなり思った」
思考がそこに至った友人は、ほぼ反射で動いた。
友人は作業台の上にあったカッターを掴むと、後輩が指差した天井の真下に椅子を置いてその上に乗った。
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