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不思議体験

とくのしんさんによる不思議体験にまつわる怖い話の投稿です

マンション管理人の恐怖体験
長編 2024/09/01 13:08 2,510view
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村井は定年後、自宅から徒歩10分程度の場所にある8階建てのマンションの管理人のバイトを始めた。週4日、時間は朝9:00~17:00とバイトにしては少々長めの時間ではあるが、家にいて妻の小言を聞くよりは余程マシと思い立ったそうだ。

元々大手メーカーの営業職として、バリバリ働いていた所謂団塊世代の彼にとって、マンションの管理人という仕事は少し物足りなさを感じるものであった。朝は清掃に始まり、昼は各所の点検や入退去者の対応や業者の手配など多岐に渡るものの、決まったルーチン業務ばかりというのは、聊か暇を持て余してしまう。
それでも根っからの仕事人間である村井は、真面目に仕事をこなした。マンションの住人だけでなく近隣の住人に対しても挨拶を欠かすことはなく、清掃一つにしても手抜きはない。各所の点検もぬかりなく、住人からも管理会社からの評判も頗る良かった。

そんな村井がバイトを始めてから4か月程経った頃、いつものように各階の点検を行っていたときだった。エレベーターで6階に着いた彼の目に、1人の男の子が目に留まった。少年はエレベーター横の非常階段の手摺の隙間からじっと地面を眺めている。腕時計の時刻は14時過ぎ。年齢は6~7歳あたりだろうか、小学校が終わるには早いしこんな時間に何をしているのだろうと村井は思った。
「こんにちは」
村井はその少年に声をかけてみるも、少年からの返事はない。人見知りなのかもしれないと、村井はその場を立ち去り業務を続けた。その日を境に、たびたび少年を見かけるようになった。

それからしばらく経った、ある小雨が降る日のこと。村井がいつものように各階の点検を行いながら6階にいくと、あの少年がいつものように手摺から下を眺めていた。いつも何を見ているんだろう、親の帰りでも待っているのだろうか。村井はそんなことを思いながら声を掛けた。

「こんにちは」
しかし相変わらず返事はない。いつもならここで立ち去るのだが、この日はいつになく少年のことが気になった村井はもう一度言葉をかけた。

「ボクはいつもここから下を見ているね。何が見えるんだい?」
そう声を掛けると、少し間を置いた後、少年は村井に視線を移した。じっと村井を見つめたあと、再び階下に視線を戻す。そうして少年は下に向かって指さした。

「どれどれ?何があるんだ?」
村井はゆっくりと屈み、少年と目線を合わせたあと指さした階下を見下ろした。見えるのは道路と住宅ばかりで特に変わったものは見当たらない。まばらに人が歩いているのが見えた。
「何か面白いものでもあるのかい?」
村井の言葉に少年は何も返答しない。ただただ、地面を指さしたまま。村井は立ち上がり手摺から少し身を乗り出してさらに階下を見下ろした。

「死にたくなっただろ?」

身を乗りだした瞬間、耳元でゾッとするような低い声が聞こえた。村井はその声にハッと身を起こそうとしたが、何者かが後頭部を抑えつけてきた。身の危険を感じたが、あまりの力に身を起こすことができず、どんどん体は前のめりになる。手摺を支点に体が浮き始め、両足が地面から離れるまでにそう時間はかからなかった。

「た、助けてくれ!」

鉄棒で前回りをするような姿勢になった村井は、視界に映る少年に向かって助けを求めた。が、そのときあることに気づく。少年の近くに誰もいないのだ。つまり、今頭を抑えつけている者の姿が見えない。

“落ちる”

そう思った次の瞬間、彼は病院で目が覚めた。ぷっつりと記憶が途切れてしまったのは、おわかりのとおり村井はマンションの6階から転落していたのだ。奇跡的に落ちたところに運送業者のトラックが停まっており、荷台部分に落下した村井は一命を取り留めたものの、骨盤など数カ所を複雑骨折する大けがを負っていた。

「村井さんのその後ですか・・・。彼、亡くなりました。えぇ、自殺です、自殺。飛び降りたんですよ、その病院から」
管理人がマンションから転落したという一報を受け、野口さんが対応を一任することになった。意識が戻り、面会ができるまで回復した村井さんに一連の事情を聞いた話である。事が事だ、村井さんも最初は全てを語るのを躊躇していたという。もしかすると少年が悪戯で自分を転落させたものだと思っていたのか、ところどころ少年を庇うような節があり、なかなか本当のことを話そうとはしなかった。

ようやく事の全てを話してくれたのは、野口さんが村井さんに告げた一言がきっかけとなった。少年と非常階段から地面を眺めているときに誤って転落してしまったというのが、村井さんの説明だったが、野口さんが監視カメラの映像を確認したところ、少年の姿などどこにも映っていなかったという。事実、警察にも同じ映像を提供しているが、村井さんが誤って転落した事故として処理している。しかし、野口さんは腑に落ちなかった。なぜなら少年の姿はなかったが、明らかに村井さんが誰かに話かけている素振りが見えたからだ。

「村井さん、男の子に話しかけたといいますが、そんな子供はどこにも映っていませんでした。村井さん、何があったか教えてください」
それを聞いて村井さんは驚愕したものの、自身も半信半疑な様子で語った内容が以上のとおりである。

大けがを負ったものの、村井さんは職場へ復帰する意欲を強く見せていた。会社としても大変な事故に遭ってしまったものの、その人柄や仕事ぶりから復帰を心待ちにしていた。住人からも管理人の村井さんを心配する声は多かった。村井さんは職場復帰に向けて、リハビリを開始した矢先、病院の屋上から飛び降りた。

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