「あめたべる?」
投稿者:すだれ (27)
「もしかしたら夢だったのかもしれない。今でもそう思う話だ」
友人が小学校4年生の頃の話。放課後は近所の子供たちと公園に集まって遊んでいた。当時流行ってたゲーム機を皆で回してプレイしたり、ボール遊びをしたり。
たまに友達の友達みたいな、顔馴染みじゃない子も混じっていたけど、楽しければ何も気にならなかった。
その時も友人と子供たちは公園に集まって遊んでいた。ゲームが得意なクラスメイトが順調にスコアを伸ばし、その場にいた子らはほとんどゲーム機の元に集まって新記録を達成するかどうかの局面に白熱していた。友人はというと、そのゲームがあまり得意ではなくて少し離れたところでボールを転がしていたそうだ。
足元が狂い跳ねて行ったボールを受け止める影に気付いた。黒い半ズボンと白シャツ、細身で黒いおかっぱ頭の男の子。ああ、同じクラスの子だと駆け寄り、友人は男の子からボールを受け取った。
「しばらくはその子とボール遊びをしてた。ソイツはまあ上手くはなかったけど、下手なりに楽しそうにボールを蹴ってたから、俺も普通に楽しんであそんでた」
男の子と遊ぶ時間が経過するほど、ゲーム機の周りの白熱した少年少女の声は遠のいて聞こえた。
「あめたべる?」
緩い軌道を描き飛んでいったボールを追って、2人で公園の端に向かったタイミングで男の子が友人に何かを差し出してきた。
白くて小さい手のひらにコロンと乗っていたのは、紙製の包み紙に入った飴玉だった。
「おやつ持ってきたの?みんなの分もある?」
聞きながら、飴玉の入った包み紙をつまみ上げた。カサカサと広げると、中からは少し大ぶりの飴玉が出てきた。色からしてブドウ味だろうか、と思った。
男の子は無言で、しかし食べて、とでも言いたげにジッと友人を見ている。ふと違和感がした。包み紙には商品名やメーカー名が印字されておらず、まっ白だった。
「どこで買ったの?あの駄菓子屋?こんなのあったっけ?」
友人が聞いても男の子は何も言わない。ニコニコとこちらを見つめているだけだが、こちらが飴を食べるまで視線を外さないのではと思うほど、男の子の目には圧が籠っていた。
この時、ふと友人の頭の中には「外で知らない人から何かを貰っても絶対に食べてはいけない」という親の言いつけが頭を過ったのだという。
飴玉を口まで運ぼうとしていた手が止まった。端に映る男の子はちょっと残念そうに一瞬だけ眉を寄せ、すぐ圧と期待をかけるような視線を寄越す。
何で言いつけが頭を過ったのか。この飴は知らない人ではなくクラスメイトから貰ったものだ、食べても怒られないはず。なぜ、と頭の中で思考がぐるぐると回っていると、
「やったぁぁああ!!新記録だー!!!」
ゲームをしていた子の叫びと周囲の子たちの歓声が公園中に響いた。その突然の轟音に友人の身体がビクつき、手に持っていた飴が滑り小気味いい音を立てて落ちた。しまった、せっかくくれた飴を落としてしまった。ゴメン、と謝りながら友人が地面に落ちた飴を拾おうとしゃがむと、視界にあるものを捉え再び指先がビクリと震えた。
地面と衝突した衝撃で真っ二つに割れた紫の飴。
その断片から覗く白い米粒のような物体。
2、3と散らばるその白い物体は、目を凝らすと身を捻るように蠢いていた。
「あーあ、もう少しだったのに」
しゃがんだ友人からは、割れた飴の向こうに立つ男の子の、微動だにしない足は見えるが顔は見えない。
しかし心底残念だ、という音を含んだその声はどこか冷たく。
男の子の足は蹲ったまま硬直して動けなくなった友人を置いて踵を返し、そのまま視界から消えた。
白い物体は、友人の足元で虫のように蠢き続けた。
「あれからあの男の子には会ってない。っていうのも、そんなヤツ、元からクラスにはいなかったんだ。でも当時の俺は、アイツを本気でクラスメイトだと認識していた」
あの男の子は俺に何を食べさせようとしていたんだろう。
食べていたらどうなっていたんだろう。
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