指を差し数える影
投稿者:すだれ (27)
まだ中学生の頃、従弟の地元で開催された夏祭りに行った時の話。
従弟の通っていた小学校は山奥の集落に1ヶ所、全校生徒10人前後という小規模な所だったが、そこで行われる運動会や夏祭りなどは集落の大人達が参加し盛り上がりを見せていた。その年の夏祭りも、催し物や出店、櫓を囲んで盆踊りなど大いに盛り上がっていた。
祭りには兄ともう1人、親戚の女の子の3人で参加した。小学校低学年くらいの歳だったと思う。女の子の母親から
「たまにちょっと不思議なことを言う時があるけど気にしないでね。お祭り楽しみにしてたから、よろしくね」
と預かった。これから行く祭りに思いを馳せて浮き足立ってはいたが、着せられた浴衣を着崩すこともなくこちらの言いつけも守れる良い子だった。
兄は参加、といっても出店を出していた親戚の手伝いに呼ばれていたので、祭りは実質女の子と回っていた。
「金魚すくいにがてなの?」
「実は初めてやったんだ。まさか1匹も捕れないとは…」
「でもお店のおじさんがいっぱいおまけしてくれたね」
「おかげで大漁だ。家の水槽に入りきるかな…」
「金魚も、おっきいすいそうがいいって言ってる」
「金魚が?…そうか、じゃあ物置の大きい水槽を掃除しよう」
子守りではあったが手のかかる子ではなかったから純粋に祭りを楽しめた。金魚をキラキラした目で見つめながら顔の大きさ程ある綿菓子を食べる女の子の横で、彼女が喋ったという金魚を眺める。たまに不思議な事を言う、という女の子の母親の言葉を反芻しりんご飴を齧った。
従弟が参加した櫓の上での演舞を見ていた時だった。
和太鼓の音に驚いた女の子が櫓に近づく歩を止めたので、祭り会場である校庭の端から演舞を鑑賞した。
盛り上がる会場の中心部から少し離れた場所で辺りを見渡す。
小学校の門前には勤勉な青年の偉人の石像がある。自身が通う学校には無かったから現物を見るのは初めてだった。
校庭の隅には遊具が設置されているが、今夜は使えないようにテープが張り巡らされていた。
校舎や体育館などの建物は施錠されていてなんびとも入れない。
もちろん電気なども点いていない。
櫓と、そこから四方に伸びる提灯の列だけが明るい。
ドン、ドン、とめい一杯の力で叩かれる和太鼓の振動が地を伝って響き、内臓を揺らす。この振動は苦手だ、と顔を顰め、手を繋いでいる隣の女の子に目をやった。
女の子は櫓を見ていなかった。
大きな目が瞬きを忘れたかのように見開いたまま凝視する先にあるのは薄暗い校舎。
「どうした?」
そう聞いても女の子は答えない。
ふと、繋いでいない方の手が上がり、
「いち」
校舎の2階の窓を指差した。
その先を目で追い、明かりも何も無いことを確認する間も太鼓の地響きは伝わってくる。
「兄から詳しい事は聞けずじまい」なのに成人した女の子にあの時のことを聞こうとして、兄に諫められている。
つまりあの時の事を兄と話す機会はあったのに詳しく聞かないのは矛盾している気がします。