懐かしい玄関で久々に再開したその人は、まるで年老いた猫のようだった。艶やかだった髪は見る影もなくパサつき、見るからに櫛も通らなさそうだし、落ち込んだ眼孔から見える瞳には光がほとんど無い。
それなのに。
見た目がこんなにも変わってしまったのに。
「おかえり」と言う声の優しさはあの頃のままだし、
微笑みかけるその表情は、穏やかさそのものだった。
懐かしいリビングルームに腰掛けた時、明らかな異変に気がつき、思わず顔をしかめた。が、気にしないフリをして、暫しは俺の話をした。
他愛のない、実につまらない、俺のここまでの人生の話だ。1度口から出ると、洪水のように話は止まらなかった。
だが異変は気のせいでは無いらしく、話してる間も、時折嘔吐きそうになる。
なんとか堪えながら一通り語り尽くした後、頬を伝う水分を誤魔化すために、あの電話口での言葉の意図を聞いた。
「あぁ。別に病気とかじゃない、ただ、ああでも言わなきゃ帰ってこないでしょう。あんたは。」
まぁ、どうせそんなところだろうとは思っていた。母は昔から嘘つきだったから。ただ、一瞬、ほんの一瞬、その穏やかな表情が曇ったように見えたのが気がかりだった。もしかして、本当は病気なのでは無いか。そうは思っても、深く問い詰めることは出来なかった。知りたくなかったから。
しかし気がかりなのはそれだけでは済まなかった。
「あぁ。そういえば母さんの寝室には入らないでね。散らかっているから。」
実家には何日か滞在することにしていたのだが、不思議とそんなことを言うのだ。母は昔から綺麗好きで部屋が散らかるなど有り得ない。妙だと思った。が、そんなことはどうだって良かった。
一番の気がかり。と言うより違和感。さっきからずっと気になっていた。リビングに入った時、俺が話をしている時、ツンと鼻を刺すように漂ってきた、あの臭い。
この、懐かしくも暖かい実家のどこかから、あの臭いがするのだ。腐ったキャベツにも似た、なんとも形容し難いあの臭い。
死臭が。この家のどこかから。
*
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気のせいだと言い聞かせて、昔使っていた自室に戻った。
自室の中では死臭はしなかった。


























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