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夢遊病の子供の夜8時半
短編 2025/12/01 00:41 985view
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5年くらい前、うちに赤ちゃんがやってきたんだ。もうそれは可愛くて可愛くて、毎日仕事が無ければ会いたいくらいだった。まあ実際は仕事柄、まとまった休みは少ないのだけれど。

ここまでは順風満帆な生活であるように聞こえる。実際、普通に生活する分にはそうだ。しかし、実はある一つの問題があったんだ。それは、子供が夢遊病ってこと。

夢遊病では、深いノンレム睡眠中に脳が覚醒し、体が勝手に動き出すらしい。ジタバタしてたり、笑ったりしてたらただ夢を見ているだけ。しかし、夢遊病では、しっかりと歩くんだ。しかも、目を開けて。ただ調べたところ、脳の感情を示す部分は寝ているため、基本は怖いくらいに無表情らしい。目も焦点は合わない。あと、本人はそれを覚えていない。

話を戻そう。まあうちの子は夢遊病がひどくて、夢遊しない日はなかった。歩いて、何か呟いて…と。今日も明日も明後日も、毎日続く。

そんなもんだから次第に嫁がノイローゼになって、熱出して寝込んじまった。だからその日は、俺が子守をしたんだ。子供は2歳だったかな。

夜の8時半、子供を抱きしめて布団に入った。10分もしたらウトウトしだし、次第にすっかり寝た。俺は子供を左手に抱きながら、パソコンで仕事をしていた。

すると、子供が起き上がった。
一瞬ギョッとしたが、すぐに平常を取り戻した。子供は布団から飛び出し、ゴニョゴニョ言ってる。本当は止めたかったが、止めると余計な興奮につながる、ということで、黙ってみていた。

その時、Siriが子供の声に反応したんだ。

「すみません、もう一度お願いします。」
「すみません、もう一度お願いします。」
「すみません、それは人の音声でしょうか?」
「ごめんなさい。」

私はギョッとした。が、すぐ作業に戻ろうとした。しかし、ある一文が目に入った。

「死ね。死ね。死ね。死ね。…」

この一文は、音声入力の欄にあった。つまるところ、これはこちらの
音声を聞き取ったということだ。
そして死ねの個数が、進行形で増えてる。

ふと子供の方を見た。夢遊病であること以外、何も変わった様子はない。何より、まだ2歳と数ヶ月の子供が、死ねなんて言葉も知らないに違いない。

だが、なんだかその時は、子供が怖くてしょうがなかった。

常夜灯のみの暗い部屋で、のっそのっそと、しかし力強く歩いていた。なんだか普段とは歩き方も違うようだった。

私は父親として、なぜかこれを止めなければいけないと思った。それが合理的かどうか、というより、本能で悟ったんだ。

恐る恐る布団から出て、子供に近づいた。真っ暗闇の中に常夜灯の光のみがあり、暗くて足元も不安定。

子供の方は一歩、また一歩と近づいた。しかし、死ね死ね言っているようには聞こえなかった。確かに似た単語を繰り返してはいるが、死ねかはわからない。まさかこんな子供がそんなこと言うわけがないと信じたかったのもあるかもしれない。

私は子供の横に立ち、肩にポンと手を置いて、優しく起こそうとした。だが、寝たまま歩き続けた。どれだけ起こそうとしても、起きることはなかった。そして、ふと子供の顔を見たんだ。

こちらをはっきりと見つめ、涙を流し、そして口角が耳に届きそうなほど、めっちゃくちゃ笑ってたんだ。

さっきも言ったけど、夢遊病って、脳の感覚を感じる部分が寝てるから、基本焦点さえ合わない無表情のはずなんだよ。普通は。

怖くて、ギョッとしつつも、起きてる?と聞いた。
でも、寝ているみたいで反応はなく、やがてまたのっそりと歩きだした。しかし今度は、今までより苦しむように、腕を振り、体をくねくねと曲げていた。なんだか空気が異常なほど重くて、汗も異常なほどかいてた。僕も子供もだ。

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