「ブザー」
長い長い仕事が終わった。時刻は深夜1時で、外は何も見えないほど真っ暗だった。一定間隔に立つ街灯に蛾が群れていた。
マンションには誰もいなかった。エントランスにいるはずの警備員も見かけなかった。
私はエレベーターに乗り込んだ。すると突然、バッグを担いだ金髪の女が乗り込んできた。彼女は一瞬こちらをジッと見たあと、すぐスマホを凝視した。彼女も仕事帰りなのか、まるで顔に生気はなく、大きな隈と青白い顔が印象的だった。
閉じるボタンを押そうとしたその瞬間、突然ブザーがなった。
「重量制限超過により緊急停止しました」
と。私たちは目を見合せた。このエレベーターにはどう見ても、私たち二人しか乗っていないからだ。
彼女は照れながら、同時に不思議な顔をしながら、慌ててエレベーターから降りた。しかし、ブザーは止まなかった。エレベーターの中には私しかいなかった。
私も降りた。そうすると、ブザーは止んだ。彼女は恐る恐るエレベーターに乗り込んだ。ブザーは鳴らなかった。
私はしょうがなく、階段から行こうとした。
しかし彼女が階のボタンを押したその瞬間、ダンッと轟音を鳴らし、異様な速さでドアがしまった。そしてまたブザーが鳴りだした。
エレベーターのガラスからは、無数の黒い人影が見えた。それらの一部はサラリーマンのように静かに佇み、一部は「定員8名」のシールを剥がして無邪気に遊び、そして一部は彼女に抱きついたり、乗ったり、端に追いやったりしていた。
彼女は疲れきった眼を精一杯こちらへ向け、泣きそうな目をしながらこちらを見た。彼女はスマホを手から落とし、その人影の重みに押しつぶされそうになっていた。その重みに耐えながらも、彼女は私に何かを叫ぼうとした。が、それはブザーの音でかき消され、何も聞こえなかった。
ドアはなぜか開かなかった。私には何もすることが出来なかった。すると、ブザーが鳴り続けているままなのにも関わらず、そのエレベーターは上へと昇っていった。あっけにとられる私の前から、そのエレベーターは姿を消した。























※コメントは承認制のため反映まで時間がかかる場合があります。