古びた山間の旅館に、大学の怪談サークルの5人が集まった。
「今夜は百物語だ。百話目に本物が来るって言うけど……試してみる価値はある」
その夜、提灯を囲み、順に怪談を語っていく。ひとつ話すごとに灯りを消し、部屋は徐々に闇に包まれていった。誰もが興奮と恐怖で顔を強張らせるなか、九十九話目が終わった。
部屋は真の闇に沈み、残るは一話。
すると、ひとりが言った。
「最後の話……“牛の首”にしようか」
「やめろよ、それを語ると死ぬって……」
「でも、それって結局、内容が伝わってないからじゃないの? 本当の“牛の首”を聞いた人間は、必ず錯乱して死ぬ。つまり、内容を知った者がいない。なら、創作でも語れば百話目として成立する」
冗談めかしたその言葉に、誰もが安堵し、最後の語り手――田島が口を開いた。
「この話は、聞いたらダメだって言われてる。けど俺の祖父が昔、実際に“牛の首”を耳にしたことがあると言っていた。その晩、祖父は泣きながら牛のように鳴いて死んだ……でも、唯一残していた。内容の断片を、夢の中で俺に教えてくれた」
誰もが凍りついた。
田島の声が低く、震えるように語り出す。
「牛の首は……最初、旅籠に現れる。真夜中、誰もいないはずの部屋から“モウ……”という声がする。戸を開けると、中には牛の顔をした人間が座っていて――」
突然、提灯がバンと破裂し、部屋が完全な暗闇になった。
「モォオオオオ……」
低く、獣のような呻きが聞こえた。
部屋の誰かが叫んだが、すぐに喉を掴まれたような音がして、沈黙が広がる。
翌朝、旅館の従業員が見つけたのは、白目を剥いて倒れた5人の大学生だった。全員が同じ方向を向いていた。部屋の隅、何もない闇の一点を。
ただ一人、田島だけがかすかに呼吸していた。
「モォ……」
そう呻きながら、彼は牛のように四つん這いで笑っていた。
彼の首には、古びた札がぶら下がっていた。
「百話目を語りし者、“牛の首”となる」
※コメントは承認制のため反映まで時間がかかる場合があります。