昔々、あるところに、おじいさんとおばあさんが住んでいました。二人は子供に恵まれず、淋しい日々を送っていました。
ある日、おばあさんが川で洗濯をしていると、大きな桃が流れてきました。桃を持ち帰り、割ってみると、中から元気な男の子が出てきました。二人は大層喜び、桃から生まれたその子を桃太郎と名付け、大切に育てました。
桃太郎はすくすくと育ち、やがて立派な若者になりました。しかし、彼の心には常に満たされない何かがありました。自分は「普通」の人間ではない、という意識が、彼を村人たちから遠ざけていきました。
そんなある日、桃太郎は村人たちから鬼ヶ島の鬼の話を聞きます。鬼たちは村から財宝を奪い、人々を苦しめているというのです。この話を聞いた桃太郎の目つきが変わりました。彼は鬼退治こそが自分の存在意義だと確信し、おじいさんとおばあさんに鬼ヶ島へ行くことを告げました。
おばあさんは心配しながらも、心を込めてきびだんごを作りました。「これを食べれば百人力だよ」と、桃太郎の腰に下げさせました。
旅に出た桃太郎は、道中で犬、猿、雉に出会います。きびだんごを分け与え、家来にした三匹と共に、荒波を越えて鬼ヶ島へと向かいました。
鬼ヶ島に着いた桃太郎一行は、鬼たちのアジトへと攻め入りました。犬、猿、雉がそれぞれの特技を活かして鬼たちを翻弄し、最後は桃太郎が自慢の力で鬼の大将をねじ伏せました。鬼たちは命乞いをし、二度と悪さをしないと誓い、蓄えていた財宝を差し出しました。
多くの財宝を手に入れた桃太郎は、村へと凱旋しました。村人たちは英雄として彼を迎え、おじいさんとおばあさんも涙を流して喜びました。桃太郎は財宝を分け与え、村は平和と富に満たされました。
しかし、桃太郎の心は晴れませんでした。鬼退治の最中、彼は生まれて初めて「自分と同じ」存在を見たような気がしていたのです。鬼たちの目には恐怖だけでなく、故郷を侵略された者だけが持つ、深い悲しみと怒りが宿っていました。鬼たちは本当に「悪」だったのでしょうか? 桃太郎には分からなくなっていました。
満月の夜になると、桃太郎は悪夢にうなされるようになりました。夢の中では、自分が鬼に変わり果て、村人たちに刃を向けているのです。
ある晩、悪夢から目覚めた桃太郎は、自分の手を見つめました。その手は、鬼を殺したときに浴びた血で赤く染まっているようでした。彼は鬼ヶ島から持ち帰った宝物の中に、鬼の大将が持っていた奇妙な形の角笛があることに気づきました。
桃太郎は衝動に駆られ、角笛を吹きました。
「プオオオオ……」
角笛の音は、夜の闇に吸い込まれていきました。
翌朝、村人たちは恐ろしい光景を目にしました。桃太郎の家にはおじいさんとおばあさんの姿はなく、床には大量の血痕と、きびだんごの残骸が散らばっていました。そして、村の入り口には、犬、猿、雉の無残な亡骸が転がっていました。
桃太郎の姿はどこにもありませんでした。
それ以来、満月の夜になると、村の近くの山から奇妙な角笛の音が聞こえてくるようになりました。そして、その音が響く夜に外に出た者は、二度と戻ってくることはありませんでした。
村人たちは噂しました。
「桃太郎は、鬼の血を浴びすぎたせいで、鬼になってしまったのではないか」
「いや、本当は桃から生まれた時から、彼は鬼の子だったのではないか」
桃太郎が持ち帰った財宝は、村の繁栄をもたらしましたが、それと引き換えに、村は永遠の恐怖に囚われることになったのです。
























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