これは、私が住んでいる地域で実際に起こった話です。
私の地元は本当に小さな田舎で、規模でいえばまるでどうぶつの森みたいだねってよく友達と話していたくらい小さいんです。
住民はみんな顔見知りで仲良し。小学校も中学校もほぼ一貫だからスクールカーストも存在しない。
でも、そんな中にも昔から『ちょっと評判の悪い集落』がありました。
山に隣接し、10戸ほどの家しかなく、住民は高齢の方々。しかも非常に排他的で、同じ地域に住んでいる私たちを「よそ者」呼ばわりして近くを通るだけでも文句を言うくらいに。
私が小学生の頃、「〇〇の集落には近寄るなよ」なんて先生に注意されるくらいで、なんでも明治だかなんだかに事業やらまたまたなんやらで成功したそうで、警察すら入りにくいという噂のある場所でした。
なんやらで成功した、というのは本人たちが私たちを罵倒する時に頻繁に持ち出す話なので、どこまでが本当かはわかりませんでしたが…。
この集落、なぜかはわかりませんが年に一度、なぜか家々をぐるりと囲む大規模なお祓いが行われます。
私は詳しくないのですが…神主のような人が祝詞?を上げ、巫女さんが鈴を持って舞うようないかにもというような本格的な儀式です。
私は子どもの頃から怖い話が大好きで、当時大学生ということで暇を持て余していたこともあり、「一度くらい現地で見てみたい!」と思い立ったのでした。
お祓いの朝、私は自転車で集落に向かいました。田舎者ですから、自転車が唯一の交通手段なんです…。
で、実際の現場を見てみたら…思っていたよりも、異様でした。
合計10戸程度の集まりとはいえど、しめ縄が集落全体を囲い込んで古めかしいお札が等間隔にぶら下がっている。地面には1m間隔くらいで大量の盛り塩。
新築を建てる前とか、普通の家の清めとかの比じゃない。何か切羽詰まっていて強い恐れを感じるような厳戒な体制…。
「何これ…。」
と思って眺めていたら、背後から突然腕をひかれました。
集落に住んでいる、攻撃的で有名な老婆でした。おばけじゃなくてよかった…なんて思う暇もなく、杖で腹を強く押されて思わずその場に倒れ込みました。
何やら怒鳴っていましたが、あんまりな怒声に詳細は聞き取れず、とにかく相手が殺気立っていることだけがわかりました。
やばい…どうしよう…。相手が老婆であること、力なら自分が勝てるだろうことも忘れて焦っていると、1人の女性が割って入りました。
「何をなさっているんですか?」
静かな声でした、それなのに、私も老婆も思わず動きを止めていました。
白を基調とした和装。細やかな刺繍が入っているそれは、一般的な巫女装束とは違う。けれど、どこか儀式めいた服。
驚くほど整った顔立ちで、静かな声なのによく通る。
私は、暫し腹の痛みも忘れて美しい巫女さんの顔にじっと見入っていました。
「(老婆の名前)さん、〇〇(聞き取れなかった)はこちらに干渉することはできません。アレは生者を唆すんです。私達は〇〇への対処はできても、生者には対処ができない。生者を虐げてはいけません。第二の〇〇を産むだけです。」
彼女は老婆を諌め、私をそっと支えて起こし「今日はここに近づかない方が良いですよ。」と言いました。せっかく巫女さんに会えたので、何か話が聞けるのではないかと下心がありましたが、彼女は生憎と忙しい様子でした。
そして「災難でしたね、よかったらどうぞ。」と言って何かを手渡して集落の中へと戻っていきました。
お守りかな?と思いましたが、それはなぜか小分けサイズのチョコパイでした。
なぜ、チョコパイ…?
もう少しお祓いを詳しく見てみたいという気持ちはありましたが、私を庇ってくれた巫女さんにこれ以上迷惑をかけるのもいけないと思い、とぼとぼと自転車を押して帰路につきました。帰り道は上り坂なので、自転車を押さざるを得ないんです…。
集落から1kmほど離れた頃でしょうか?前方の道に、髪の長い和装の男性が立っていました。
整った顔立ちで、老若男女が知り合いのこの田舎では見たことのない人。それに洗練されたその出立は先ほどの巫女さんと似た様相で、そもそも私の地元のような場所にはいないタイプだと思いました。
その人はきょろきょろと辺りを見回していて、おそらく道に迷った様子でした。
なるほど、うちは観光客が来るような場所でもないし、格好を見るにおそらく巫女さんのお祓い仲間なんでしょう。
そう思いましたが、いきなり声をかけるのもなんだか緊張して…。
田舎の教えである「大きな声で挨拶」をとりあえず実行することにしました。
「こんにちはあ!」
できるだけ笑顔で挨拶をしたら、その人も「こんにちは」と返してくれました。
それだけのことなのになんだか嬉しくなって「今日はいいお天気ですね!お兄さん、この辺の方じゃないですよね?もしかして、△△(集落の名称)に行きたいんじゃないですか?」と伺いました。
すると男性は、「そうなんです。△△に行きたいんですが、迷ってしまって…。伺ってもよろしいでしょうか?」と丁寧に返してくれました。
快諾し道を詳しく教えましたが、男性はまだその場でにこにこと笑っていました。
失礼な話、あんまり忙しそうじゃないな…と思って、私は先ほどの巫女さんに聞けなかったお祓いの話を聞けないか、打診してみようと思いつきました。
「あの…変なこと聞くかも知れないんですけど。お兄さんって、神社から来たお祓いの人ですか?」
万が一関係者じゃなかった場合、私があり得ない不審者になってしまうので恐る恐る聞くと、お兄さんはにこにこしながら「関係者です。」とだけ答えました。
やっぱり!と思いつつも、ここで身分を詳しく明かさないということは、ずけずけ聞いてしまうと失礼かな…と私は少し悩みました。
すると、今度はお兄さんが私に話しかけてきました。「あなたはオクノインの方なんですか?」
オクノイン…?奥の院?よくわかりませんでした、正確に聞き取れているかもわかりません。
それでも、文脈から集落を指していることがわかったので、私はオクノイン?とは無関係であると答えました。
お兄さんはその後も、お祓いを異様に気にする私の素性が怪しくて気になるのか、お祓いに何か必要な情報でもあるのか「オクノイン?に知り合いはいるか。」「オクノイン?の近くに住んでいるのか。」という質問をしました。
私は、自分自身があの集落からはそこそこ離れた場所に住んでいること。オクノイン?には知り合いがいるどころか、嫌われていること。それどころか今朝お腹を殴打された話を軽い笑い話の気持ちでしました。
すると、お兄さんがそっと私のお腹に手を当ててきました。いくら端正な方とはいえ、いきなりのボディタッチと近すぎる距離感に私は驚きました。
思わずお兄さんに目を合わせると、彼も私の目を真剣な様子でじっと見つめていました。
どうしてでしょう、悪くないシチュエーションのはずなのに、その目が自分の内面まで見透かしている気がして…なんだか少し居心地が悪く感じたのを覚えています。
暫し2人で見つめ合っていると、お兄さんがそっと口を開きました。
「オクノインは酷いことをしますね…。あなた、オクノインに死んで欲しくないですか?」
…怖い!いくらなんでもお祓いする側の人間が、こんなこと言ってもいいの!?と疑問に思いつつも、私は首をぶんぶんと横に振りました。
そうすると、お兄さんはまた質問を続けます。
「では…何か酷い目にあって欲しくはない?」
ようやく私は口がきけるようになり、「死んで欲しいとか…酷い目にあって欲しいとかはあんまり…思わないです。あの、お祓いってなんだか秘密のイメージがあるし。見に行く方もどうかって感じ、するし…。」
おそらく実際はもっと辿々しかったでしょうが、なんとか答えました。
それでもお兄さんは、質問を続けました。妙な感じでした。まるで、あの集落への敵意を確認したいような。
「では、あなたがオクノインに酷いことをされたとしましょう。今日されたことよりも、もっともっと、酷いことです。例えば…命に関わるようなことをされたとします。ねえ、オクノインを殺したくはなりませんか?」
異様でした。それでも、私はそこまで思わないという回答を貫きました。
かなり恐怖を感じていましたが、恐怖を感じたことで逆に饒舌になってしまったのでしょう。
私は当たり障りのない雑談を繰り広げました。
呪いなんて嫌だとか、もし自分が死んだらその場に留まったりせず遊園地にでも行くだとか。
そんな話をしていると、お兄さんも微笑んで「素敵ですね。」と答えてくれました。
先ほどの恐怖はどこへいったのやら、なんだか嬉しくなって「お兄さんももし死んだら私と遊園地に行きましょうよ!友達も数人待ち合わせる予定なんです!」なんて話すと、お兄さんは「いいですね、いつ頃死ぬご予定が?」なんてふざけて返してきたので、重かった空気がすっかりと解れていくのを感じました。
話始めて時間も経ち、そろそろお兄さんを仕事に戻してあげるべきなのではないかと思い、別れることにしました。
悪いことだとは思いましたが、先ほどの巫女さんがくれたチョコパイをお兄さんに手渡して。「頑張ってください!」なんて言って。
集落のことが嫌いであろう彼が、あの人たちのために除霊をするなんて可哀想だと思ったんです。
で、チョコパイを渡しがてら、ふと思いつきました。
「世界が滅べばいいって、たまに思っちゃうことはありますけどね。」
お兄さんはそれに興味を惹かれたようで、「世界が滅びる?」と聞き返してきました。
なので、ふと困った時に「世界、もう滅びちゃえ!」と全人類犠牲にするような困った誇大言動をしてしまうことがあるという話を冗談混じりに話しました。SNS特有の軽口です。
私が先ほどまで綺麗事ばかり言っていたので、嬉しかったのでしょうか?お兄さんはすっかり嬉しそうな顔立ちになっていました。
「滅びて欲しい?」
「はい!滅びて欲しいです!」
そーっと聞いてきたお兄さんに対して、ありえないくらい元気よく答える私。側からみたらかなり異様だったでしょう。
それでも、お兄さんは本当に嬉しそうでした。
「今日は良いお話を聞かせていただいて、本当にありがとうございました。私、海で育ったんです。なのに、海の香りさえ忘れてしまった。でも、これで帰れる…。」
前半は私に向けた言葉でしょうが、後半はどこか独りごつような響きでした。
そうしてお兄さんは私に向かって軽く手を振ると、それきり集落の方へ歩いていきました。
私は、「お祓いって自宅に帰れないくらい忙しいんだ…。まあ、人口少なそうだしね。」なんて考えて大きく手を振りながらその姿を見送りました。
























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