幻聴が聞こえたら
投稿者:件の首 (54)
1ヶ月後、薬がなくなり、また受診した。
「そうか……じゃあ、別の薬にしてみようか」
熱心に考えてくれる先生に、私は深い安心を感じていた。
先生がみてくれるから大丈夫。
話すのは診察の僅かな時間だけど、そう確信するようになった。
幻聴は続いている。
でも、私は先生に会う時間が好きになっていた。
むしろ、このまま声が聞こえ続けていればいい、そう思うようになっていた。
3ヶ月が過ぎ、夏休みを挟んで、学校がまた始まった。
それに合わせて席替えがあった。
と。
あの声が聞こえなかった。
「ちょっと、何かけてんの!?」
前の方の席から声がした。
「音漏れしてるんだけど?」
文句を言われていたのは、前まで私の前の席にいた生徒だった。彼がスマホを操作する。強弱を間違えて、一瞬クラス中に、ドラムとギターのやかましい音楽が流れた。
聞き慣れた、音だった。
「症状」は、ただの勘違い。
良かった、とは思えなかった。
先生に会う理由がなくなるし、ふざけた勘違いで受診した事を軽蔑される。
私は必死に「本当に病気になる方法」を探した。
アルコールやドラッグが引き金になると聞いたが、それは流石に手に入らない。
強いストレスというのもあったが、今よりも強いストレスは考え難い。
そんな中、鏡の自分に「お前は誰だ」と話しかける、という方法を見つけた。これなら続けられそうだ。
その日から、私は鏡に向かって話しかけるようになった。
ヒマさえあれば、鏡に向かって「お前は誰だ」と問いかけ続けた。
薬は飲まずに捨てた。治ってしまっては努力が水の泡だ。
次の受診日までに、僅かでも症状が出ていなければ。
寝る前も、ふと目を覚ました時も、朝起きても、授業の合間にも、むしろ授業中にも、鏡に向かい話しかけ続けた。
そのうちに、自分が言っているのか、鏡の向こうの自分が言っているのか、自分はオリジナルなのか、鏡像に過ぎないのか曖昧になっていった。
そして。
「お前は誰だ」
『お前こそ誰だ』
※コメントは承認制のため反映まで時間がかかる場合があります。