そのときだ。
テントの外に、誰かいる気配がする。誰かが立ってテントを見ている。見えていない
はずなのに、そんな気がした。私はその時、怖いという感覚より、とにかく不思議な
気持ちだけが強かった。どんなものがどこにどんな風に立って、という具体的な
シチュエーションはわからない。でも絶対そうだ。誰かいる。誰かがこのテントを
見ている。
ポカーン、というそんな表情だったんじゃないだろうか。しばらく私は尿意を
忘れてその何がどこにいるのか探していたと思う。
そしてしばらくすると、「それ」はテントの中に入ってきた。
イメージとすれば、タイツを頭からかぶっているような感じ。つまりテントに
顔を付けて、破らないように顔型に伸びているような感じだ。そして首を左右に
ゆっくりと大きく振っている。テントの中を見回しているのだ。時々口を開ける
ようにも見える。顔はテントの奥へ奥へと伸びている。ゆっくりと。
首を振りながら。タイツをかぶったようにテントを貼り付けながら、首だけが
1mくらい伸びている。今思うと、それはもともと首だけの存在だったんだろう。
それは、唯一目覚めていた私を見つけたらしい。真っ白なタイツ顔は私の前で
首を振るのを止め、じっとわたしを見つめているようだった。どのくらいそれは
私を見つめていたのだろう。私の前でそれは静止し、そして口を動かしている。
声は聞こえなかった。相変わらずポカンとしてこの状況を見ている私。
それはゆっくりゆっくりと後退し、テントから出てゆく。そしてテントの布の
中に消えていった。私は完全に思考停止状態になっており、それがテントの布の
中に消えていったあともしばらくあらぬ方向を見つめて動かなかった。
ふっと我に返ると、外は朝になっていた。そう、この一連の出来事はたぶん
少なくとも数時間に渡って起きていたのだ。だんだんと意識がはっきりとしてきた
ころ、家族が起きてきた。私が正座したままの姿を見て、父が「何やってるんだ」
と笑った。
一つだけ不思議で納得できないことがある。あのよる起きた尿意はいったい
どこへ行ったんだろう。
これが生まれて初めて見た「あれ」である。
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