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心霊

螢さんによる心霊にまつわる怖い話の投稿です

太夫は冥途の花道を逝く
長編 2022/03/06 21:31 13,375view
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私は風俗で5年ほど風俗で働いていました。正直身も心もボロボロで毎日早く辞めたいと思っていました。
19の身空で親の借金のカタに売られたのが最初でした。その後蒸発した両親に代わりどうにかして借金を返し終えたものの今度は悪い男に捕まってまた売り飛ばされます。助けを求めたくても天涯孤独の身の上で誰も頼れません。よく一生こんな毎日が続くなら死んだ方がマシと思っていました。幼い頃は幸せな家庭に憧れていました。素敵な人と結婚して可愛い子どもを産んで優しいお母さんになるのが夢でした。

なんでこんな事になってしまったのか……ある日ぐったり疲れ果て深夜の繁華街を歩いていました。その時にフッと甘い匂いに包まれました。なんだろうと思って振り向いてびっくりしました、場違いな着物の女の人が歩いているのです。彼女は豪奢な髷を結ってかんざしをさしていました。隣を歩く小さい女の子が真っ赤な傘をさしかけています。時代劇で見た花魁そのままの華やかないでたちでした。

驚愕に立ち尽くしてただ見送る私の前を花魁はしゃなりしゃなり、優雅に通り過ぎていきました。えもいえず妖艶な流し目は同性でもぞくりとします。私が見ているのは幽霊なのでしょうか?しかし恐怖よりは憧れと羨望が胸を締め付けました。場末の風俗嬢にしてみればその花魁はあまりに眩しすぎたのでした。

間抜けに口を開けて見送っているとやがて花魁は消えてしまいました。後にはただ白粉の残り香だけが漂っています。

またあの人に会えるだろうか……。

その夜から私は同じ道を使って駅に向かいました。結論から述べて会える時もあれば会えない時もありました。それは本当に運としか言いようがありません。しいて言えば私が落ち込んでいる時、疲れている時の遭遇率が高いです。風俗嬢に説教するのが好きなお客に当たった時、乱暴な客に当たった時、嫌な事があった帰りの夜に花魁を見かけると塞いだ心がフッと軽くなりました。

今だから告白しますが、私は花魁に一目惚れしていたのです。同性でも関係ありません、初恋でした。彼女の姿はそれはそれは美しく、矜持と気概に満ち溢れた姿は輝いていました。

またあの人に会いたい、その為なら辛い仕事も耐えられる。

何故深夜の繁華街に花魁の幽霊がでるのか、何故私にだけ姿が見えるのかはわかりません。元々霊感などはないはずでした。同僚の子に相談した所「心の病気だよ」「目の錯覚でしょ」とさんざんに嗤われました。誰も本気にしてくれないのはがっかりしましたが、やっぱり私には花魁が見えるのです。

三か月後の夜、風俗の仕事を終えて夜の繁華街を抜けながら、私は名前も知らない花魁の事だけを考えていました。どうせ帰っても寝るだけですることがありません。わざとゆっくり歩いているのが災いしたのか、背後からヌッと飛び出た黒い影に気付きませんでした。

「むぐっ!?」
「静かにしろ」

目だけ動かして確かめると、三人組の男たちが下卑た笑みを浮かべていました。そばには白いバンがとまっています。そういえばこの辺りで女性の狙った事件が相次いでいると聞きました。私は不運にも犯人たちに捕まってしまったのです。

ああ、もうだめだ……。

口を塞がれて諦念した時、またしても白粉の香りが漂ってきました。あの人です。男たちは鼻先を掠める匂いに困惑しています。白粉など嗅いだ事ないでしょうから、当たり前といえば当たり前です。

「な、なんだお前は!」

男たちの視線の先に花魁が現れました。とても怖い顔をしています。般若のような形相です。彼女は恫喝にまるで怯えず、背筋を凛と伸ばしてこちらにやってきました。その気迫に男たちがたじろぎ、私を放り出して逃走を企てます。最後の一人が乗り込むのを待って車が出発し……花魁のひと睨みで大幅に道を逸れ、電信柱に激突しました。

大破した車の窓から血まみれの片腕がたれています。私はすっかり腰を抜かしてへたりこみ、花魁と対峙します。花魁がフッと伏せた目に悲哀の念が過ぎり、真っ赤な唇が開きました。

「アンタも苦界にいるんだねェ」

「え……」

一瞬何を言われたのかわかりませんでした。踵を返して闇の奥に去っていこうとする花魁に、虚しく手を伸ばして叫びます。

「待って!あなたは誰、どうして出てくるの!」

初恋の人の正体を知りたい一心で追いかけました。男たちに拉致された恐怖に花魁の素性を知りたい好奇心が打ち勝ち、懸命に足を繰り出します。花魁の背中を追って走り続けた先にはお寺がありました。

「ここは……」

途中で異変に気付きました。鼻先を掠める白粉の匂いが線香の匂いに取って代わり、花魁の髷がしどけなく乱れ、蓮の茎のように伸びたうなじの肉が削げ落ちていきます。肉の下から見えてきたのは骸骨でした。着物はみるみる色褪せてボロボロになります。私の目の前を歩いているのは豪華な打掛を羽織った骸骨でした。

「あ……」

骸骨がお寺をくぐっていきます。そこで見失いました。後に広がるのは闇ばかり、線香の匂いが強く薫っています。何故だかボロボロと涙が流れて止まりません。哀しくて切なくて苦しくて、その場にしゃがみこんで号泣しました。

後日、昼間のうちにお寺を訪れて立て看板を読みました。そこは天涯孤独の遊女が死後に運ばれた投げ込み寺でした。江戸の遊女たちは借金のカタに売られ、結核や性病を患い、若くして亡くなる者が大半でした。遊女たちは墓も建ててもらえず、ただ穴に投げ捨てられたのです。

私が出会ったのは哀しい遊女の霊だったのでしょうか?

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コメント(9)
  • 素晴らしい
    面白かったです
    実際に花魁というか遊女の最後の地となるお寺の話を聞いたことがあります
    確か都内だったような

    2022/03/07/10:00
  • 怖いというより美しさを感じる良い話でした

    2022/03/08/11:00
  • この時代の遊郭程では無いが戦後も各地で有ったと聞きます そして父方の実家も遊郭女子衆宿屋をしていたと祖母から聴いたことが有りました 男は天国かもしれませんが女子衆(おなご)は監獄 辛いさねぇ 

    2022/03/09/04:37
  • ここで、こんな話が読めるとは嬉しい誤算でした。
    花魁は、あなたを救うことで、救われたのではないでしょうか。
    花魁の果たせなかった夢、あたたかい幸せを掴んでください。

    2022/03/14/04:22
  • 切なくて良い話だった。

    2022/03/22/20:38
  • 思いがけず、美しく切ないお話でした。
    面白かった!!

    2022/06/24/16:26
  • 美しい話でした

    2022/07/10/15:09
  • めっちゃよかった

    2023/07/22/04:30
  • 美しいお話でした。

    2023/10/06/15:35

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