ザアザアザア、ドドドドドと土砂降りの雨はまだ止まない。風までもがヒュオオオーッと高らかな音を立てて舞っている。雨どいの一部が破損しているのか、少し離れた場所から雨水がジョボジョボと落ちている。
「娘のオトが来てくれて俺は嬉しくて、それから2〜3日は気分がよかったよ。オトの息子二人もそのとき結婚が近かったみたいで、俺も手術を受けて元気になりたいと思ったな。でもなあ、夜明け前に左の脇の下が締め付けられるように痛くなってな。その時に畳のあの部分をさ、爪たてて掻きむしってやったのさ。そのままウトウトしてたら、ツマ子に起こされて早く畑に行けと言われた。俺の体調を心配したオトとツマ子が口論を始めたから、俺は急いで作業服に着替えて、長靴を履いて畑に行ったよ。そしたらまた……。」
「!ひでえな!憂一、それで外でも具合が悪くなったじゃな?」
「そうだ。草ぼうぼうの畦道に寝っ転がって休んでたら、たまたま親夫(ちかお)さんに遭ったんだ。あの松の木の神社のニ件隣に住んでる人だよ。親夫さんもその時は入退院を繰り返してるらしかったけど、わざわざ軽トラックを停めて、俺を家まで運んでくれたよ。そうしてまた……。」
「ツマ子さんがおまえに怒ったんじゃろう?」
「そうだよ。親夫さんが俺を背負って玄関まで行くと、ツマ子が俺に怒鳴りつけやがったんだ。『ご近所さんに迷惑かけて、みっともない』って。俺はもう、反論する元気もなかったけど、親夫さんが『あんたは早くナガオさんに電話せんかい』って、ツマ子に怒ってた。オトが病院に行く準備を済ませてたから、そのまま親夫さんに手伝ってもらって、オトの車に乗せてもらったよ。」
「そうか、親夫さんいい人だな……。ナガオはその後病院に来たのか?」
「ああ、途中で道が混んでたみたいだけど、病室まで来てくれたよ。少し話もできた。そのまま病院で寝てたみたいで、ナガオもオトも来てくれたよ。息苦しいけどまだ息をしたいと思ってたら、ナガオとオトが涙声で俺を呼んでんだ。その後で医師が来て、「死亡確認しました。ちょうど19時ですね。』だって……。」
「大変だったな……。ところで、ナガオの嫁さんと孫たちはどうしたんだ?」
「俺の喪が明けた後に出ていっちまって、いま離婚協議中だよ。敷地内同居だったけど、ツマ子が勝手にナガオらの家に入るどころか、蝶子さん(ナガオの妻)の衣類や鞄や貴金属類のチェックまでしていたんだ!」
「ひでえな、そりゃツマ子さんに合鍵なんか渡したナガオも悪い!」
「蝶子さん(ナガオの妻)から相談をされて、俺も何度もツマ子に注意したんだけど、『そんなことやってえへんわ』しか言わなくってさ。蝶子さんの為に、おれは何もしてやれなんだんだ。そのうち、俺もツマ子に極端にしょっぱいものや、甘すぎるものを出されるようになってなあ……。」
「あのヨメ(ツマ子)め、なんてヤツだい……!」
と、親父は眉間に皺を寄せて歯ぎしりした。
またもやあの水害臭が漂ってくる。親父はまた白目だけになり、身体のあちこちが吸い込んだ泥水でふやけ、ぶよんぶよんになっていた。
そのうち親父の眼球が外に飛び出し、口からイナゴだのカマドウマだのカエルだのが飛び出してきた。
ザーザー、バラバラバラと篠突く雨の中、親父は変わり果てた姿のまま、また夜闇のような色の鬼火を出していた。湿った強風が吹きあれる中、親父の怪火も狐の尻尾のようなものを出している。
やがて、セピア色の羽根の蛾が飛んでくる。最初は羽根が美しいと思ったこの蛾は、背面に人間の顔のような不気味な模様がある。
さらに、この集落では目撃例のないフクロウが飛び回っている。しかも、夏の昼間なのに、何故だかコウモリ共が飛び交っている。
その生き物どもは、くだんの人非人であるツマ子の施設の方向に飛んでいった。
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ーー2020年(令和2年)、8月13日ーー
俺の七回忌も終わり、俺は霊として力を増した。その年に、俺と同じ心疾患を患っていた剛(ツヨシ)さんが亡くなった。車の運転中に体調が悪くなり、あの憎たらしい用水路のすぐ近くで自損事故を起こし、そのまま身罷られた。
一か八かと言われた心臓血管バイパス手術を無事にのりきったのに、タバコを再開し、健気な奥さんの作ったご飯を食べないからだ。
よく晴れた日だったが、剛さんがあんなふっかい、用水路に落ちなくて本当に良かった。これは、俺からのせめてもの慈悲だ。
親父、これで少しは楽になったか?























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