俺は「とにかくこれから別の用事があるから」とPに伝え、自分が注文したものの代金を払い、カフェを後にした。
ところが、その後もPは俺のアパートのすぐ近くで俺の帰りを待っていた。
ある時彼は闇黒の空を指さして、
「そこにフランク王国への入り口があるから、今から一緒に旅行に行こう。」
と、俺を誘ってきた。
もちろん、そんな入り口など俺には見えやしない。
「俺は行かないよ。それより早く帰ってよ。この間も『もう来ないで』と言ったよね。」
と、断った。そうしたらPは、
「じゃ、幽体離脱して一人旅と行きますか。」
と呟いた。
続いて彼はその場で煙草の火を消し、地べたに座ったままで目を閉じた。
その後、彼の声はまるで別人のように低くなり、
「朕の名はシャルルマーニュ。偉大なるローマ帝国の皇帝である。」
と、重々しく名乗った。(日本語で)
Pには誇大妄想があるが、存在するはずのないものが見え、幻聴まで聞こえるのだ。それからも、Pは繁忙期になると一層ストレスを感じるのか、無連絡のままで頻繁に俺のアパートにやって来た。そして、部屋の中で何時間もわけの分からないことで俺をなじった。
【あんたはオレを憎んでいるんだろう!】
「どうして俺がきみ(=P)を憎まなければならないんだ!きみは覚えの悪い俺に、熱心に仕事を教えてくれたじゃないか!」
【嘘つきめ(=俺)、オレはテレパシーで何でも分かるんだぞ!今朝9時ぐらいに、オレが12年前に女子高生とねんごろになったと、市内放送が流れたぞ!お前がN市のお役所にチクったんだろう!】
「俺がきみの昔の女性関係など把握しているはずがないだろう!勘違いも大概にしろ!」
補記すると、Pが怒り喚いている間、俺は食事も風呂も許されなかった。俺が借りている部屋なのに、トイレにいる時だけが俺の自由時間だった。
幸い、Pが俺の営業所の近くで待ち伏せていることは基本的になかった。彼は外面を気にするタイプだったからだ。しかし、Pが何度も俺のアパートの近くで待ち受けているから、俺だって気持ち悪くなり、タクシーでビジホに避難することが増えた。皆さんも想像されているかもしれないが、その時は俺の携帯に、おびただしい数の着信と恐ろしい内容のメールがずらりと並んでいた。翌日の業務終了後、自転車でアパートに帰ると、思ったとおり俺の郵便受けの中にPからのメモが入っていた。
”午前2時まで待ってやったのに、何で帰って来なかったんだ!バカヤロー”
と。
























花蘇芳(沈丁花)です。前作『爽やかな人、その仮面の下は』を加筆・修正しました。前半部分はあまり変わりませんが、後半部分に大きく手を加えました。