数年前のことだ。
俺は不思議で、そして奇妙で、今でも思い出すと背筋が寒くなるような体験をした。
俺は平凡な会社勤めをしているが、昔からの趣味がある。
登山だ。
休日を見つけては山に登り、自然の空気を胸いっぱいに吸い込む。それが俺にとって唯一の癒やしであり、日常から離れられる時間でもあった。
だが、あの日ばかりは違った。
俺はその山で、遭難してしまったのだ。
霧が立ちこめ、やがて日が落ちて、あたりは闇に包まれた。
足元の道も見えず、方向感覚も失われ、ただ不安だけが募っていった。
霧の中を半ば夢遊病者のように歩いていた俺は、不意に視界の奥に影を見つけた。
最初は岩か、倒れかけた木かと思った。
だが近づくにつれ、それが「建物」だとわかった。
民家だった。
屋根は黒ずんだ茅葺きで、所々苔に覆われている。壁は板張りだが、板は反り返り、指を差し込めそうな隙間がいくつも空いていた。
軒先には注連縄のようなものが古びて掛けられ、もう役目を果たしていない御札が雨に濡れて半ば剥がれかけている。
窓は紙障子らしきものだが、ほとんど破れて骨組みだけになっていた。
息を呑む。
まるで時代から取り残されたかのような、古びた家。
人の気配があるのか、ないのかそれすら判然としない。
だが、確かにそこに存在している。
俺は好奇心からなのか、それとも助けを求める気持ちからなのか、俺は気づけば、その家の前に立ち、足を踏み入れようとしていた。
その瞬間。
ギィ……と、勝手に玄関が開いた。
中から現れたのは、ひょっとこの面をかぶった男だった。
のちに調べてわかったが、それは山伏のような格好、白い袴に白足袋を履き、腰には古びた数珠のようなものを下げていた。
面越しに、ギョッとしたような気配を感じた。
それは、まるで子供が初めて知らないものを見て驚いたかのような仕草だった。
「……わあ!」
甲高い幼い声が、男の面の奥から弾けた。
その声は驚きと同時に、どこか嬉しげでもあった。























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