ビジホに泊まる資金がなくなり、自転車でアパートに帰ると、眉間に皺をよせて唇をへの字に曲げたPが、アパートの角部屋の陰に隠れているのだ。その時、Pは決まってこう言うのだ。
【オレをここまで怒らせるお前が悪い。お前が忘れた頃に、必ず仕返しをしてやるからな!】
お金は減るし、このままでは俺まで病んでしまう。俺はとうとう腹をくくって、友人のYさんの助言どおりに、上司と実家の親と警察の生活安全課に相談することに決めた。
俺はまず実家に電話し、Pとのことを正直に話した。呆れたことに、俺のマヌケな母親は
「あんた、これまで何人のひとと寝てきたの?そのPって人ともゲイの関係なの?」
と、ぬかしやがった。
それから直属の上司に電話でPに嫌がらせをされていることを打ち明け、面談の時間をいただいた。警察の担当の方にもPからのメールやメモを見せ、心ゆくまで話を聴いてもらい、俺は泪が出るほど安心した。
【オレの高校の同級生が警察のお偉いさんになってるんだ。だから、オレは何をしても大目に見てもらえるんだぜ。】
とPはよく豪語していた。
しかし、婦警さんに警察のお偉方だって友人ぐらいいるが、友情に免じて特別に罪を軽くする人などいないと言われ、俺はいかにPに惑わされていたか痛感した。
婦警さんと話が終わった後、俺は念のためにタクシーでビジホに逃げた。一方、Pはその日も俺のアパートの近くで待ち明かしていたという。そして、やつは案の定長いことわめき散らし、2名の警官にこんこんと宥められたという。
その翌日、Pと俺は2名の上司の前で詳しくトラブルの内容を話した。俺は反省文を書いたり、最悪の場合なにかの懲罰を受けたりすることを覚悟していたが、この二人のお偉いさんの温情で事なきを得た。俺は情け深い指導者に恵まれたことを、心から感謝した。対照的に、俺への嫌がらせ行為を繰り返したPは、始末書と誓約書を書かされた。
その後Pは遠方の営業所への転勤を命じられ、俺と会わないようにしてもらった。俺もお盆休みを利用して引っ越しをし、忌まわしいアパートとさよならをした。
勘のよい方はお気づきになっているかもしれないが、Pのような人間がこれしきのペナルティーで懲りるはずがなかった。異動先でも他の社員さんを困らせ、とうとう退職に追い込んだという。その他にも、新たなターゲットにされたBさん(男性の社員さん)も、数杯の飲み物で夜が明けるまでPの与太話や愚痴に付き合わされたと聞いた。結局、Pは翌年の3月で雇用契約を打ち切られた。
Pは正社員になりたかったと、Bさんに打ち明けたらしかった。確かにPは成績優秀で、お客様からの信頼も厚かった。だが、メンタル面が不安定であまり若くもないことから、契約社員に留められていた。のちに他の社員さんから聞いたのだが、前職でも同僚といさかいを起こし、会社に居づらくなって退職したという。
























花蘇芳(沈丁花)です。前作『爽やかな人、その仮面の下は』を加筆・修正しました。前半部分はあまり変わりませんが、後半部分に大きく手を加えました。