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呪い・祟り

蓮音さんによる呪い・祟りにまつわる怖い話の投稿です

少年と復讐
長編 2025/12/03 19:41 2,020view

「ヨシ、いくぞ」
 俺は片眼を瞑って弩を構え、狙いを定める。距離はそこまで離れていない。引き金に手をかけ、人差し指と親指に力を込めた。

・・・おかしい。なぜか、それ以上力を入れることが出来ない。導火線はどんどん短くなっていく。寒さで体がおかしくなってしまったのだろうか。手が硬直して動かない。

「ああ、クソッ!」

 プツンとブラウン管テレビが消されたかのように視界が暗転した。意識が戻った時には、叔父の家には火の手が上がっていた。三本の火箭は全て手元になかった。

          〇

11月21日 午前9時47分
―――――続いてのニュースです。昨夜、本蓮町五丁目、東蓮町駅付近にある住宅で火災がありました。この家に住む岩祭久彦さん、妻の岩祭つゆ子さんとは現在連絡が取れており、無事が確認されています。妻の岩祭つゆ子さんによると、昨夜、お湯を沸かしたまま外出してしまったとのことで、警察と消防はそれが出火原因とみて調査を進めています。

一夜明けた今日、さすがにあの火災はニュースに取り上げられてしまった。出火原因は全く以ってでっちあげだが大方、祖母がつゆ子さんに言わせでもしたのだろう。大事になるのはなるべく避けたかったが、致し方ない。それに計画は今日で全て完遂する。

 そんなこととはつゆ知らず、祖母や叔父は、今朝から祭りの準備に追われていた。俺と弟はまるで他人扱いだった。今日一日、家から出てくるなと言われて、朝食も食べず、ベッドで横になっていた。弟は昨日うまく寝付けなかったのか、部屋に戻るとすぐに寝てしまった。俺も正直、今すぐにでも寝たい。

 昨日、叔父の家を燃やすことに成功した俺はその高揚感とそれまで張りつめていた緊張感で、終始フラフラと倒れそうになりながら自転車をこいで帰宅した。あの高台を出る時、何か人影のようなものを見たような気がするが、そんなものに構っていられなかった。途中、気分が悪くて何度も嘔吐した。とてもまともな状態ではなかったので家に着く頃には、時刻はとっくに丑三つ時を過ぎていた。そのまま着替えもせずに寝た。

 そして今朝、体内の水分が不足しすぎて、喉がちぎれるような激痛で目を覚ました。文字通り最悪な目覚めだ。だが俺は全く不快ではなかった。俺の人生は今、あの計画を遂行するためだけにあると言っても過言じゃない。むしろ、このために生まれてきたのだとさえ感じるようになっていた。

 ああ素晴らしい。本当に素晴らしい朝だ。今日、今日こそこの手で、あいつを仕留めることができる。

 多分、笑っていたと思う。頭の中はあいつを殺めることでいっぱいでそんなことどうでもよかった。祭りが行われるのは午前11時ちょうど。開催までもう一時間ほどしかない。それはつまり、俺がこの岩祭家の当主になるまであとたったの一時間だけだということだ。今すぐにでも祝杯をあげたいところだが、それは後のお楽しみとしておこう。

「フフフ、フフ、フヒ、フヒヒヒ」
 こうしちゃいられない。早速準備に取り掛かろう。俺は全身の骨をゴキゴキと鳴らしながらベッドから立ち上がった。火箭はもうすでに準備ができている。あとは弩の弦。念の為、これを交換しておこう。俺は弩を片手に押入れの襖に手をかけた。

「ん?」
 襖の端から赤いものが飛び出している。よく見ると、それは埃が被らないよう中に入れておいた大判風呂敷だった。俺の中に何か引っかかるものがあった。俺はかなり几帳面な方で、机の上も勉強が終わるたびに教科書を並べ直しているし、衣服も洗濯が終わったらすぐに棚に仕舞うようにしている。そんな俺が、襖からはみ出した布をそのまま放置するだろうか。考えれば考えるほど頭が真っ白になっていた。

―――――誰かが俺の部屋に入った?

 次の瞬間には俺は勢いよく襖を開けていた。そして、倒れ込むようにして鳩サブレの缶を手に取ると、ものすごい速さでそれを開けた。
 替えの弦は確かにそこにあった。入れた時と同じように、新品の靴下やパンツに紛れて端っこにちょこんと入っている。

「なんだ・・・気のせいか」
 杞憂だった。そうだ。この計画は完璧なんだ。誰かにバレるなんてあるはずがない。だが何か嫌な予感がした。

「少し早めに行くか・・・」
 段取り八分仕事二分。これは母が料理をするときによく言っていたことだ。思えばこの計画も、準備に相当の労力を割いてきた。その努力ももう少しで報われる。俺は荷物をまとめると足早に家を後にした。

         〇

同 午前10時52分
 祭りはもう間もなく始まる。火矢の逸話が本当なら、あの男はこの祭りには出てこないはずだ。じゃあ、あいつはどうすると思う? 山にでも行くか? そんなわけがない。昨日、あいつの家は俺が燃やして、今は祖母の提案で一時的にうちに住むことになっている。あったとしてもうちに帰ってくることくらいしか、あいつには出来っこない。それに祖母とあいつは火矢の話を憶えていた。なら逆に『呪いに打ち勝つためには逃げずに神社に居ればいい』だなんて考えているはずだ。馬鹿な奴らだよ本当に。思わず口元が緩む。

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