電車の中、教室、あるいは職場。作業に集中しているとき、視界の端——いわゆる周辺視野と呼ばれるところに、誰かの視線を感じることってありますよね。
気になってパッとそちらを向いても、相手は別の方向を向いている。気のせいか、自意識過剰か。そう自分を納得させて作業に戻る。けれど、やっぱり「見られている」気がしてならない。
今日もそうでした。
ちらりと横を確認しても、隣の男は手元のスマホを無表情に眺めているだけ。視線を戻すと、また刺すような視線。もう一度確認する。やはり見ていない。
「なんだ、見間違えか。」
そう思って目を逸らそうとした瞬間でした。周辺視野に映る男の「顔」だけが、ぐにゃりとこちらを向いた気がしたんです。
慌てて焦点を合わせると、男はやはりスマホを見ている。
でも、目を離すと、確かにこちらを凝視している。
恐怖で心臓が跳ねました。周囲を見渡すと、さらに震えが止まらなくなりました。
向かいに座る女も、ドアの前に立つ学生も、吊り広告を見ているサラリーマンも。
私が目を向けた瞬間は、全員が別の場所を見ている。
なのに、私が視線を外した瞬間、全員の顔が機械のように一斉にこちらを向く。
視界の端で、何十人もの「視線」が私に突き刺さっている。
そこで私はスマホのカメラで動画を撮影することにした。
スマホの録画ボタンを押し、カメラを周りの乗客に向けた。非常識なことはわかっていた。でも本当に気になってそうするしかなかったんです。
撮影した動画を再生して、私は息が止まりました。
画面の中の光景は、肉眼で見ているものとは決定的に違っていたんです。
動画の中の乗客たちは、誰一人としてスマホやましてや広告に目を向けている人は一人もいませんでした。
全員が、最初から、カメラのレンズを——つまり私を、微動だにせず凝視していたんです。
それだけじゃありません。
動画の中で、私の隣に座っている男が、私の耳元に顔を寄せ、うすら笑みを浮かべたまま、
「……気づいちゃった?」
と囁いているのです。その声は、動画から流れているはずなのに、現実の私の右耳にも、全く同じタイミングで、湿った生々しい音が直接届いたのです。
慌てて隣を見ると、男はやはり無表情にスマホを眺めています。
でも、視界の端——周辺視野に映る男は、ニチャァと頬を吊り上げ、私の首筋に指をかけようとしていました。
「見ている間」だけは、彼らは人間を演じてくれる。
でも、瞬きをするその一瞬。
視線を外したその一瞬。
彼らは確実に、こちら側の世界へ踏み出してきている。
私は今、駅のトイレに逃げ込んで、この文章を打っています。
個室のドアの下、わずかな隙間。
そこから、何十人分もの「眼球」が、こちらを覗き込んでいるのが周辺視野で見えています。
絶対に、目を逸らしてはいけない。
焦点を合わせ続けている間だけは、彼らは「ただの人間」でいてくれるから。






























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