奇々怪々 お知らせ

呪い・祟り

かかしさんによる呪い・祟りにまつわる怖い話の投稿です

忘却の器
短編 2026/02/22 23:20 44view

これは私の実体験に基づいた物語です。……と言えば、あなたが信じてくれると、彼が言うのです。私の手を使って、この記事を投稿するようにと。
​「忘れたくない人、忘れたくないこと、ありますか?」
​私は今、そう問いかけることしかできない。この声が、まだ私の「意志」で動いているうちに。もしこれを読んでいるあなたが、私のこの絶望的な叫びを最後まで読んでくれたなら、どうか、どうか助けてほしい。もう、私には誰にも頼ることができないのだから。

​ 幼い頃、私の周りには誰もいなかった。人付き合いが苦手で、小学校を卒業するまで、心を通わせた友達は一人もいない。そんな孤独な私の記憶の隅っこに、一人だけ「あの子」がいた。保育園の頃、たまに砂場で一緒に遊んだ男の子。顔も、名前も、声も、何一つ思い出せない。けれど、確かにそこにいたという温かな感覚だけが、私の中に澱のように溜まっていた。

​ 中学生になったある夜、テレビで放映されていた「怖い話」が、その澱を激しくかき乱した。
内容はこうだ。いつも遊んでいる友達が交通事故に遭うのを目撃する。慌てて大人を呼んで戻ると、そこには死体も、血痕も、その子の家さえも消えている。家族も近所の人も、最初からそんな子は存在しなかったと言う。
​背筋が凍った。と同時に、強烈な焦燥感に襲われた。
「あの子も、こうやって消えてしまう。私が今、強く念じなければ、あの子はこの世から完全にいなくなってしまう」
私は、必死に記憶の糸をたぐり寄せた。実体のない記憶を、無理やり心に釘で打ち付けた。
「絶対に忘れない。忘れない。忘れない……」
​ 
 数十年が経った。私は大人になり、それなりに平穏な生活を送っていた。周囲には心配してくれる同僚や、時折ランチに誘ってくれる友人もいた。けれど、私の心の真ん中には、常に冷たい空洞があった。その空洞に、あの子が帰ってきたのだ。
​仕事中、同僚と話していると、同僚の肩越しに「あの子」が立っている。顔は相変わらず霧がかかったように見えない。けれど、彼は何も喋らず、ただじっと私を見つめている。

「ああ、あの子だ。本当にいたんだ」
私は再会を喜んだ。孤独だった私の味方が戻ってきたのだと信じたかった。
​友人とカフェで話している時、私は自分の身体が「冷えていく」のを感じた。友人が楽しそうに週末の予定を話しているのに、私の意識は急速に遠のき、身体の自由が奪われる。
(やめて、そんなこと言っちゃダメ……!)
心の中で叫んだが、私の口は、私のものではない冷酷な声でこう告げた。「うるさいな。消えてよ、邪魔なんだけど」
​友人は凍りついた。私は必死で謝ろうとしたが、顔の筋肉は私の意志に反して、不気味なほど無表情を貫いた。彼は何も喋らない。私の喉を、私の舌を、私の声帯を、ただ道具として「借りる」だけなのだ。

​ 親友が、泣きながら一人の老いた霊媒師を連れてきた。
霊媒師は私を見た瞬間、持ちこたえられなかったように、首にかけていた数珠が弾けた。硬質な音が部屋に響き、黒い玉が床に散らばる。
「あんた……なんてことをしたんだ。あんたが『忘れない』と願い続けたせいで、成仏も消滅もできなくなった化け物を、心に根付かせちまったんだよ」
​「お祓いをして!」と叫ぼうとした私の口から出たのは、聞いたこともないような獣の咆哮だった。私は自分の手で、霊媒師の首を絞めていた。
(逃げて! 誰か、私を止めて……!)
心の中の私は泣いていたが、私の指先は快感に震えていた。

​ 今、彼が私の後ろで静かに待っているのがわかる。私がこうしてキーボードを叩くのを、彼は笑みを浮かべて見下ろしているのだ。「誰かに救いを求めても無駄だよ」と、彼の沈黙がそう告げている。それでも、私は書かずにはいられない。これが、私という人間が最後に残す、たった一筋の足跡だから。

​それから数日。私はもう、自分の親の顔も、自分の名前も思い出せない。
鏡を見ると、そこには見慣れた「私」の姿がある。けれど、瞬きをするたびに、鏡の中の顔が、少しずつ「あの子」の面影へと変質していくのがわかる。
彼は相変わらず、沈黙を守っている。
もう、喋る必要がないからだ。私の記憶という記憶を食い尽くし、私の人生という空席に、彼が座る準備は整った。
​私の意識が、薄暗い部屋の隅に追いやられていく。
最後に残ったこの思考も、間もなく彼に差し出されるだろう。
私はあの時、「忘れない」と願ったことを後悔している。
あの子は、忘れてもらいたかったのだ。それを無理やり繋ぎ止めた私への復讐が、これだったのだ。
​意識が途切れる。
私の手足が、私の意志とは無関係に、軽やかに動き出す。
​私はもう、私ではないだろう…
​…
​「忘れたくない人、忘れたくないこと、ありますか?」

1/2
コメント(0)

※コメントは承認制のため反映まで時間がかかる場合があります。

怖い話の人気キーワード

奇々怪々に投稿された怖い話の中から、特定のキーワードにまつわる怖い話をご覧いただけます。

気になるキーワードを探してお気に入りの怖い話を見つけてみてください。