バスから降りたら知らない町だった

「見るだけ見てみよう。なるべく見つからないように、危ないと思ったら逃げよう」

男性はそう言うと、次におばあさんの方を見て「おばあさんはここに残った方がいいです。何かあった時に走れないでしょうし、もしいい人達だったとしても俺達はここに一度戻ってくるんで」と提案しました。
おばあさんの足の事を考えるとそれが賢明だと私も賛同し、「おばあちゃん、なるべくすぐに戻ってくるから。ここで待っててくれますか？」とおばあさんに声を掛けます。
照明がないのでおばあさんの表情は掴めませんが「…わかったわ、お願いしますね」という気弱な声量からは不安が伝わりました。

私と男性は平屋を出て、身を屈めながら道路脇の茂みや木々なんかのシルエットと同化して道路の様子をうかがいます。
そして、顔を出して覗き込んだ瞬間に「何だコレ」と思わず呟きました。

道路には数百人規模の人の行列が続いていました。
等間隔で行燈のような提灯、松明なんかを持った人が居て、白装束の和装姿の人間が太鼓の合図と共に一歩、また一歩と進んでいるのです。
その光景は大名行列、または葬列のような寂しさを思い浮かべますが、私達はその中心らしき場所に掲げられた物体を見て戦慄しました。

『のぼり』のように掲げられた燃え盛る何か。

その炎の中には人の姿が辛うじて見えており、大人数で作った車輪つきの土台のようなものに、おでんのつくねの如く棒に突き刺さった状態で立てかけられて手押し車のように運ばれていました。

あれが人形なのか人間なのか確かめる方法はありませんが、明らかにヤバい集団だと思った私は「あわわ…」と腰が引け、男性は「戻ろう…」と身を屈めて後ずさりを始めました。

あの集団に捕まったら何をされるか分かったものじゃない。
私は男性に続くように音を立てず引き返すと、男性が何かに躓いたのか「わっ」と短い悲鳴をあげて盛大に転げてしまいました。
「バキキッ」と小枝や何かを踏み抜いた音と男性が倒れた際の「ドス」という僅かな音が鳴るものの、太鼓の音とあの集団の話し声にかき消されていたので、私は気付かれないだろうと高を括っていました。
しかし、男性が「いてて…」と体を起こすのとほぼ同時に道路から「人がいるぞー！」と野太い声が上がったのです。

え？あんなので気付かれるの？と吃驚していると何かヒュンヒュンと風を切る音が聞こえていました。

偶に「ドスッ！」と何かに着弾した音が聞こえると男性は「ゆ、ゆ、弓！？」と上擦った声を上げました。

「殺せ！見られた！」
「村のもんじゃねえ！」

行列の方からはそういった野蛮な言葉が飛び交っていたと思います。
私は道路の方を見たのですが、その集団が翳す灯かりのおかげで集団の一人一人が何やら般若というか鬼のようなお面をつけているのが見えました。
やっぱりまともなお祭りでもないし、ヤバい集団だったと思った頃には遅かったようです。
集団の中から数十人程度が猛ダッシュで暗がりの中、つまり私と男性が潜んでいる茂みの中に突撃してきたかと思えば、私達の居場所が見えているのか、真っ直ぐ飛び掛かってきて体を押さえつけられました。

「痛い！痛い！」
「は、離せ！」

私と男性は必死に抵抗しましたが、数十人に取り押さえられたら何もできません。
そんな私達のもとに他の人たちよりも大きめな鬼のお面をつけた人がやってくるとその人は鉈を持っていました。

え？鉈？殺されるの？

そんなことを考えていると、その人は間髪入れずに鉈を振り被り男性めがけて振り下ろしました。