バス停の男の子
投稿者:すもも (10)
私は中学生の頃、全校生徒100人にも満たない田舎に住んでいました。
あれは珍しく土砂降りの日のことで、舗装されていない砂利だらけの土の道を、泥を跳ね上げながら走っていました。
私が登下校に利用しているバスは凡そ一時間に一本通るか通らないかの頻度で、私は今、帰宅するために学校を飛び出し、雨の中を走り抜けバス停へと向かっているのです。
殆ど板張りの骨組みと壁、そしてトタンなのか判別できない土色の屋根。
錆び付いた三人掛けのベンチが一脚置いてあるだけの廃れた小屋のような建物の前に、年季の入った時刻表を携えた標識が構えています。
私は、そんなガラクタのようなバス停に駆け込みました。
雨天の予報はなかったのに、と悪態づきながら濡れたスカートを絞り、ハンカチで雨粒を吹き取っていると、ベンチの脇、建物内のちょうど隅のところに随分と生気を感じさせない男の子が佇んでいることに気づき、思わず「わっ」と肩を跳ねさせました。
ちょっと失礼な反応をしてしまったので、「君も雨宿り?急に雨が降ってきてまいるね」なんて世間話をするも、男の子は俯いたまま頷くだけです。
きっと人見知りなのだろうと思い、私は気にしないように衣服の水を拭き取り、雨粒のカーテン越しに時刻表を見ます。
この小屋の中には誰かが管理しているだろうシンプルな壁掛け時計が設置されていて、次のバスが凡そ50分後に来る事がわかり、落胆のため息がもれました。
あまりに長すぎる。
当時はスマホや携帯ゲーム機なんて無かったので、私はベンチの端に座りとりあえず宿題をこなすことに決めました。
ダッ、ダッ、ダ。
絶え間なく続く雨音の中に、トタン屋根からこぼれる一際大きな雨音が定期的に弾けるたびに、私は少し不思議な気分になりました。
見渡せば地平線の先に民家が見える程度には生活感があり、何十分に一度には自動車が泥を巻き上げながら通過していく程度には人気があります。
にもかかわらず、私は何処か異世界に迷い込んだ疎外感と、未知の高揚感に似た感覚を同時に咲かせていたのです。
台風が上陸した夜中のテンション、それに近いでしょうか。
少しだけ鼻歌まじりに宿題の問題を解いていると、ふと視線を感じて顔を上げました。
「わあっ」
そこにはついさっきまで隅に居たであろう男の子が、私の手が届く距離で佇んでいたのです。
よくよく見れば、いくら田舎暮らしであろうとラフすぎる刺繍や装飾のない白地のランニングシャツ。
薄い色の少しダボッとした短パン。
そして、今時珍しい学生帽を目深に被り、視線を遮断しているように感じました。
更に注視してみれば、随分と泥まみれというか、全体的に薄汚れた格好をしていて、下駄を履いていました。
いくらなんでも下駄はないだろうと思いながらも、私は微動だにしない男の子の学生帽のつばの下から覗き込むように上半身を屈め、どんな顔をしているのかと内心好奇心に期待を弾ませ覗き見ようとします。
「……おねえちゃん、バス来たよ」
「え、あ、ほんとだ」
もう少しで男の子の目が見えるという瞬間に、小説を棒読みで朗読するように、男の子が言葉を発するとだらりとぶら下がった左手で傍らを指さしました。
雨粒を弾く鉄の乗り物が、我が物顔で泥を押しのけ近づいてくるのが見え、私は男の子に小さくお礼を述べた後、散らかした荷物を片付け始めます。
時計へ目を向ければ、すでに40分近く経過していたようで、進捗状況は悪いものの、いつの間にやらそんなに時間が経っていた事に驚きを隠せませんでした。
こういうストレートな怪談好き