職人芸
投稿者:件の首 (54)
半月ほど後、私は挽肉のラインの担当にまわった。
本来挽肉は整形後の端肉を使うが、うちでは売れ残って保存期間が過ぎた肉も、発色剤を入れて挽いてしまう。店舗の廃棄分を回収して混ぜる事すらある。見られる肉は卸し、それにもならないものは、工場内で加工品にしてしまう。
肉自体は古くても、加工日で日付が更新されるので嘘ではないという理屈だ。
流石にそこまでやれば味で気付くだろうと思うかも知れない。確かに薄切り肉なら、気付かれる場合もあるが、挽肉、しかもハンバーグなどに加工して販売するとなれば、プロでも気付くのは難しいのだ。
肉の歴史を紐解けば、腐敗のごまかしの歴史でもある。肉料理はその大半が、腐っていても大丈夫なように、臭み消しのスパイスを多用するのだ。本来新鮮な肉は塩だけで充分で、香りも良い。コショウを振るのは、惰性に過ぎない。そんな風だから、コショウの香りさえしていれば、肉を喰っている気になってしまうのだ。
次の肉が来た。
これは廃棄肉だ。スーパーで店頭に出した後、廃棄をサービスで回収したもの。まあスーパーの方も分かってやっている。
これに、まともな牛の脂身や発色剤などを適量足して、ミンチ機にかけていく。配合割合は、社長の職人としての勘で決められている。食中毒が発生した事はない、と社長は自慢していたが、そういう事ではないとは思う。
出て来たミンチは、発砲スチロールトレイに詰められ、ラップがかけられる。
これで、鮮やかな赤さと脂肪の白のコントラストがくっきりした、見た目は新鮮そうな牛挽肉となった。
こうしたクズ挽肉は、「仕入れ先」のスーパーには間違えても納品しない。よりグレードの低い安売り店に流していくのだ。
挽肉のラインで3日ほど働いた頃、妙な肉が入って来た。
その小さな塊肉は、新鮮すぎた。挽肉にするようなコンディションではない。
「工場長、これ、肉の色良すぎるんですけど、スライスと間違えてませんか?」
内線で工場長に確認する。
『馬鹿野郎、余計な事を考えずに手を動かせ!』
何となく予想はしていたが、怒鳴られただけだった。
ともかく肉をミンチにかけていく。社長のレシピを確認すると、添加する牛脂が随分多めだった。
その日の昼食。
「おうお前達」
社長が皿に載せたハンバーグを持って来た。
「今回、良い仕入れ先が見つかったんだ。味見しておけ」
皆、ゆっくりめに箸を出す。
うちの挽肉がどんな代物かは分かっている。
「肝っ玉の小さい奴らだな」
社長がハンバーグのうちの1つを食べ始める。
「うん、ほとんど分からねえな」
「いただきます」
私たちもハンバーグを食べる。
デミグラスソースに、玉葱とナツメグと牛脂の香り。ハンバーグに牛肉以外が使われているとはとても思えない。
「社長」
お調子者の菅原が、食べながら尋ねる。
「まさか人間の肉とかじゃないですよね」
「お前が勧めたんだろう、菅原」
「え」
「……冗談だよ。『人間は』使ってねえ」
やっぱり、『人間は』に違和感があった。
そもそも闇医者が未だに存在しているという事だね。