会社に、金子さんという人がいる。
俺は金子さんのいるプロジェクトに投入され、初めて一緒に仕事をすることになった。
金子さんはこの会社には珍しく、「真面目ないい人」という印象の人で
自らすすんで残業を引き受けたり、
上司からの理不尽な物言いにも自虐的な笑いを取って場を収めてくれたりと、
後輩である俺からすれば、「そこまでしてもらって申し訳ない」と思いつつも、同時に有難い存在だった。
そんな金子さんだけど、飲み会に誘っても一度も来てくれたことがない。
断る理由はいつも「奥さんが家で待っているから」と言って、
業務以外ではなるべく早く帰宅するようにしているとのことだ。
真面目でユーモアもあって、人望が厚く、愛妻家。
尊敬すべき人ってこういう人のことだな、と思った。
一度、会社から駅までの帰り道が一緒になったことがある。
たわいもない会話をして並んで歩いていると、
金子さんの手の甲にあざができていることに気が付いた。
理由を尋ねると、金子さんは言葉を濁しつつ、
「じつは昨日、ちょっと夫婦喧嘩をしてしまって……」と照れくさそうに話した。
なんか意外だな、と思って黙っていると、
金子さんはそれを察したのか
「僕が悪いんです……」と言って、力なく笑った。
そういえば、金子さんは左手に結婚指輪をしている。
会社でも、あまり結婚指輪をしている男性は少ないので珍しく思い、
金子さんはちゃんと指輪する人なんだな、と思った。
愛妻家のイメージもあったので、結婚指輪を常時身に着けているのも納得だ。
他人の家の夫婦喧嘩についてそれ以上追及する気もないので、その日は駅で解散して終わった。
後日、金子さんと同じ部署にいる同期から聞いた話だ。
金子さんの奥さんは、美人だが相当気が強いらしく、
夫婦喧嘩となると罵詈雑言は当たり前、一方的な暴力や、手あたり次第に物を投げるなど、手が付けられなくなるらしい。
金子さんはきっと、そのたびに相手をなだめて場を収めようと苦労しているのだろう。
その姿が目に浮かんだ。
殺ったなぁ
あんまいみがわからん