これは私が7つのとき、法事にいった祖父の家できいた話です。
大正末期、祖父は呉服問屋の番頭をしておりました。しかし、あろうことか、その店の若女将と恋仲になってしまいました。離縁など望まない時代、二人は駆け落ちを心に決めます。
とはいえ、ただ駆け落ちをしても二人で生きていくことはできない。祖父は、「まずは自分が店を出て、暮らしていける算段をする。必ず迎えにくるから、どうかそれまで待っていてほしい。」と若女将に告げて、旅に出ました。
山を越え、村から村へと旅をしながら、定住できる土地を探していると、あるとき小さな借家を安く借りることができたそうです。土地を耕せば、そこで暮らしを立てることもできるということで、祖父はそこに住むことを決めました。
ただ、その家は曰くつきで、何が出るのか、今まで誰一人長く住んだ者はいないとのことでした。
実際最初の夜から、家鳴り、雨戸を叩く音、人が歩き回る気配がするなど、怪奇現象が続いたそうです。
しかし、好いた女性を一日でも早く迎えにいくために、必死であった祖父は、「俺は早く暮らしをたてて、惚れた女を迎えに行かねばならんのだ。誰だか知らんがおまえの相手をする暇はない!」と音がするたびに、怒鳴りつづけていたそうです。怒鳴ってしばらくしているとしんとするので、昼間の畑仕事で疲れていた祖父はすぐに眠りに落ちる、そんな日々が続きました。
3ヶ月も経ったころでしょうか。その夜も激しい家鳴りがあったあと、祖父の夢の中で男の声がしたそうです。
「今まで幾人もこの家に住んだものがあったが、ここまで怯えずにしたたかに過ごせた者はいなかった。そんなおまえを見込んで、頼みがある。自分は生前、財をなしたくてよく働いたのだが、思い半ばにして病で死んでしまった。今から金の隠し場所を教えるから、掘り出して自分の代わりに使ってほしい。
そういってもお前のような人間は信じないだろうから、私の言うことか本当であることの証として枕元にこの松葉をおいていこう。」
翌朝目が覚めると果たして枕元に一尺を越えるの長さの大きな松葉が一葉おいてあったそうです。男に言われたとおり、家の床下を掘ると、大きな甕があり、その中に小銭がびっしりと入っていたのでした。
昔の小銭ですから実際大した貨幣価値はその当時はなかったということですが、小銭にもあやかりながら、祖父は無事翌年呉服屋の若女将と駆け落ちし、やがて私の父が産まれたのでした。
「これがそのときの松葉でね、うちでは天狗の松葉といって家宝にしているのだよ。」
そういって祖母は蔵の中で、箱に真綿を敷き詰めてしまってある40cmはあろうかという松葉をみせてくれました。
法事の席ではじいちゃんは話を盛るのがうまかったからねと、叔父や叔母たちが笑っていましたが、父は「じいちゃんが言うことはいつも本当だったよ。」といって、そっと私の頭を撫でてくれました。
怖いかと言われれば、怖い話ではないが、文才があり、読みやすく、面白かった。