この規模の建屋にしては部屋は狭く、雑然としている。
壁一面の書棚には論文や資料、何かの参考書といった書籍が隙間なく並べてあり、その対面の壁の棚には研究に使ったであろうガラクタ…いや、機械というか装置というか、それに様々な測定器のようなものがギッシリと置いてある。
奥の壁にはW氏の作業台があり、その上にも何やら作りかけなのか分解しているのか、何かの機械の他にパソコンのモニターが2面並んでいた。
「(私)さん、どうぞお掛けください。」
私が一通り部屋を見終わったタイミングで、W氏は部屋の真ん中にあるテーブルのパイプ椅子を案内してくれた。
「それでは失礼します。」
「あいにくコーヒーしかありませんが、ホットとアイスのどちらが?」
「お構いなく。…あ、アイスを頂けますか。」
「はい。少し時間がかかります。」
初夏の陽気の中しばらく歩いてきたせいで、冷たいものがありがたい。
W氏は部屋の隅にある立派な自動のコーヒーメーカーを操作したあと、出来立てのコーヒーをテーブルに置き、私の対面に座った。
「…で、早速ですが、この研究に興味を持ったいきさつなんかを教えていただけませんか。」
「実は、今抱えている案件で、19歳の男性が殺人容疑で逮捕されまして、その弁護を引き受けてるのです。」
「なるほど、それでどういった利用法を?」
私は、少し長くなりますがと前置きして説明を始めた。
「彼はちょっとしたトラブルに巻き込まれて人を殺めてしまったのです。その時数人の目撃者がいてくれたおかげで、相手から手を出してきたから身を守るために防衛をしていたという事はわかっているのですが…」
「ところがやりすぎてしまった、と。」
「そういう事です。彼は過剰防衛による殺人として起訴されそうなんです。」
「起訴されるとなれば、ほぼ有罪となりますよね。」
「ですから、そうなる前にWさんの研究を使いたいのです。」
「申し訳ないんですが、私にはその犯罪と私の研究の関係がわからないのです。」
言われれば確かにそうだと思い、私はもう少し詳しく説明を続けた。
「今は、刑事事件では18歳から大人と同様に罰せられます。当然、報道には実名が出るはずなんですが、実際には18歳から19歳までの犯罪は報道すらされない事も多いのです。そこで…」
「そこで?」
「そこで、Wさんの研究で彼の精神を崩壊させ、精神の疾患という事で起訴されない、あるいは起訴されても無罪にできるのではないか、と考えました。」
「何を馬鹿な事を!そのためのあの研究を!?」
「ですから、精神崩壊した後、元に戻す研究を続けていただきたいのです。そうすれば、将来のある若者の才能を生かせるはずです。」
「…実は、雑誌には載せていませんが、あの実験で精神崩壊をした方たちは、全員元に戻っているんです。」
「どういう事ですか。」
「そもそも、あの実験というものが何年も前の話で、VRが出始めの頃の実験なんです。その後数年の間にはすっかり元に戻っているのです。ただ、人によってその時間が違う上に、戻る『きっかけ』がわからないのです。」
公私混同になっていませんか。
過剰防衛でも、ふつうの精神状態なら償うべきです。
>公私混同になっていませんか。
>過剰防衛でも、ふつうの精神状態なら償うべきです。
これはそういう話です。
この弁護士は何か妙な方法で解決しようとしているのですよ。
決して解決にはなってはいませんが。
作者より
そう来ましたか···