「おい、E、お前車買ったんだって?事務の人から聞いたよ!」
俺は職場の後輩Eに声を掛けた。Eは真面目なヤツで、冗談など言わないし、気の利いた話の返しなどできるタイプではない。
「ええ、そうなんですよ、一週間くらい前に買いました。これで原付通勤もおしまいです。」
「で、何の車を買ったの?」
「まだ秘密です。事務に申請してるんで、許可が出たら乗ってきます。」
「ああ思い出した。もしかして、この前の日曜にさ、そこのスーパーがある交差点で信号待ちしてなかったか?確かイタリアだかフランスだか、小さい黄色の奴だったよ。確か、サソリか何かのマークがあったと思うよ。あれは確かにお前だったよ。」
「それ多分僕ですね。この辺じゃ、あれと同じ車は走ってないみたいです。」
「何でそれにしたんだ?」
「何でしょうね…。ふだん通らない道を通ってみようと思って、わざと遠回りして帰ってたんですけど、その通り沿いに小さな中古車屋さんがあって、そこに並んでたんです。それで…」
「それでどうした?」
「目が合ったんです。」
「目が合った?」
(こいつ何を言ってるんだ?)
「ええ。目が合った、としか言いようがないんです。」
多分、直感でこの車がいいという事だろうが、ちょっと理解できなかったから、無理やり話を元に戻そうとした。
「でもお前、信号待ちの時、かなり怖い顔をしてたぞ。」
「車の運転は久しぶりだったから、もしかしたら運転に集中していて怖い顔に見えたのかもしれません。」
俺はここで、ちょっとした悪戯心が芽生え、ちょっとからかってやろうと思った。
「その時さ、助手席に女乗せてたろ?一体どこに行ってたんだ?」
もちろん、そんな事は嘘で、女など乗っていなかった。
「あのあと海が見える通りに出て、言ってみれば、ただのドライブですよ。」
(ん?)
「本当に女が乗ってたのか?」
「ええ、だからあの車を買ったんです。」
後輩Eは、一体「何」と目が合ったのだろうか。
中古車屋「この車、今ならデーブイデーと女がついて¥666!」
サソリマークのイタ車といえばアバルトですね。