火葬場にて
投稿者:件の首 (54)
これは火葬場に勤務する友人から聞いた話である。
研修期間を終えて初めて火葬業務に就く時、友人は先輩から注意された。
「――火を点けた後は、声がしても開けるなよ」
「えっ、なんですかそれ。悪い冗談ですよ」
「冗談じゃねえよ」
先輩は真顔だった。
死体は医師が死亡診断したものだ。生き返る道理がない。そう自分に言い聞かせつつ、友人はマニュアル通りに点火、火葬を開始した。
燃え落ちていく白木の棺桶が、チェック用の窓から見える。
火葬が進むが、死体が動いたり喋ったりはしない。やっぱり先輩のホラ話だ、と、心の中で溜息をついた時。
うめくような、唸るような声が聞こえ始めた。
先輩の悪戯かと周囲を見たが、誰もいない。
間違いなく、今燃やしている死体の方からだった。
やっぱり死んでいないのに火を点けてしまったのか。
慌てて開けようとしたところで、先輩の言葉が頭を過ぎる。
そして程なく、声は止んだ。
退勤時間になり、友人は先輩と更衣室で会った。
「無事にやれたか?」
「は……はい」
「……声、したのか」
「あれ、なんなんですか?」
「あれなぁ」
先輩やあまり思い出したくないような顔で言った。
「肺が燃える時に、声帯に空気が流れる事で出る音だ。通常、死ねば声帯を動かす筋肉が弛緩するから音なんか出ないんだが、ごく稀に鳴る形になっている事があるんだよ」
「そうでしたか、なんだ、驚かさないで下さいよ!」
その後まもなく、友人は仕事を辞めた。
「そりゃあ、あの時火葬を止めなかったからだよ」
「先輩に言われた通りにしたんだろ?」
「……そうじゃない。俺は思ってしまったんだよ」
友人は俯く。
「幽霊にせよ生きていたにせよ、このまま焼いてしまえば、誰にも分からない、ってな」
怖い不気味だ。